2009年10月30日(金)
9時30分
M動物病院
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翌朝。
ナツメグはまだ生きていた。
後脚は麻痺したままだったが、まずは彼女が生きているという事実に安堵した。ご飯もけっこう食べた。
ところで、私たち夫婦は朝がてんで弱い。休日は午過ぎまで寝ていることもしょっちゅうで、友人に「朝一で集合」なんて言われるとそれだけで気が重くなってしまうという体たらくである。
しかし、この朝は別人だった。
普段なら目覚ましが鳴っては止め鳴っては止め鳴っては止めと延々やっている嫁も、目覚ましが「リン」と鳴った刹那、シャラップとばかりにぶったたいて黙らせ、記録的なスピードで支度に取りかかった。
私もつられて飛び起きた。もっとも、寝巻きと普段着をことさら区別しないという先進的な思想を持っている私である。支度は数分で済んだ。
午前9時過ぎ。かかりつけのM動物病院に到着。
いつもの学者風の獣医さんがナツメグを診察する。ナツメグは牙を剥いて小さく唸ったが、昨晩のように先生の顔を引っ掻こうとはしなかった。
後脚をつねっても反応がない。痛覚が失われている証拠だ。前手の動きも鈍くなってきている。感電による火傷も見当たらない。外傷もない。ステロイドの効果も見られない。脚の爪の先まで血は流れているので、心臓はきちんと機能しているようだが……
可能性が順々に消去されていき、先生がひとつの結論にたどりついた。
「もうMRIで原因を調べるしかないでしょう」
MRI。
ニンゲンだって一生に一度お世話になるかどうかという高度医療設備である。当然、街角の動物病院に置いてあるわけもなく、先生いわく、藤沢の大学病院に予約を取って後日訪問するしかないという。
ただ、ナツメグの麻痺は進行性のものであるらしい。たとえ明日の予約が取れたとして、それまで彼女が生きていられるという保証はない。
私たちが途方に暮れていると、先生が思い出したように言った。
「そうだ。川崎に高度医療センターという新しい施設があります。民間の病院なので、飛び込みでもMRIを撮ってくれるでしょう。私の恩師が勤めておりますし、私から電話すれば今からでも診察してくれるはずです」
予約はあっさりと取れた。
この時点で、私たちは決めていた。どういう結果になろうと、一生、ナツメグの面倒をみていこうと。麻痺の原因は分からないが、我が家の中で起きたという事実に変わりはなく、すべては我々が背負うべき
責任である。それは立派な決断でもなんでもなく、当然のことだ。考えるまでもない。
ただ、不幸な事故にしろ、未知の奇病にしろ、遺伝的疾患にしろ、避けがたい「運命」と呼ばれるものに責任の一端を肩代わりしてもらうことがいけないとは思わない。というか、そうでもしないと、ニンゲンは精神のバランスを保てない。
責任転嫁と言われれば、まあ、そうなんだろうが、そう言い切れる人はよほど心が強いか、ターミネーターのように冷徹かのどちらかだろう。あいにく私はそれほど強くない。
責任という概念はニンゲンの脳に対する負荷のようなもので、負荷がかかりすぎれば回路はショートする。心が参ってしまう。だが、ニンゲンの脳は都合がいい。つらい出来事も、脳が記憶の抽斗にしまい込んで鍵を掛けてくれるからこそ乗り越えられる。
ただ、責任が消えることはない。消えたとしたら、眼をつぶって見えないようにしているだけである。
私たちはナツメグに対する責任を負っている
。
生きていれば、このときの悲しさを数ある記憶のひとつとして追想できるようになる日が必ず来る。それでも責任は消えない。決して。
そこから眼を背けてしまっては、私たちにペット(こういう呼び方は好きではないが)を家族として迎え入れる資格はないだろう。
高度医療センターへと車を走らせながら、私はそんなことを考えていた。

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