肉球パニック
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少し前ですが、書道をやっている知り合いの作品が近くの美術館に展示されるというので、見てきました。
左の写真が催事会場となった大倉山記念館です。東横線の大倉山という駅で下車し、線路の横の坂道を上った高台に立っている歴史を感じさせる美しい建物です。建物の周囲は公園になっているので、晴れた日の散歩コースには最適でしょう。この日も快晴の土曜日だったので家族連れや年配の方々がおもいおもいに小春日和を満喫しておりました。
たまたま本人と会場でばったり会ったので、いろいろ裏話が聞けて面白かったですね。
書道というと流れるような書体で綴った解読不能の作品がまず思い浮かぶのですが、実際には流派がいくつもあって、スタイルも評価の基準も流派によって千差万別とのこと。作品に押された印章を見れば、作者がどの流派に属しているのか判別できるそう。著作権表示みたいなもんですね。
こちらは書道ではなく、木の浮き彫り作品ですね。文字と外枠の部分には金粉が張ってあるそうです。搬入のギリギリまで作業していたので金粉が完全に定着しておらず、搬入時にはがれてしまったと嘆いておりましたが、私が見ても、そういう裏の事情はまったく感じ取れませんでした。いや~すごいな~って感心するのみ。まあ、創作なんてそんなもんですけどね。世に出るのは完成品だけなので、その裏で作者がどんなに苦労しているかなんて、第三者には到底推測の及ばない領域でしょう。
翻訳の場合も、訳者が辞書をめくりまくって文献を片端から当たってインターネットで徹底調査してようやくひとつの表現の意味が判明する、ということがままありますが、そうした苦労は読者にはまったく伝わりません。ううう。
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trust A as far as I can throw A という一風変わった表現に出くわしました。A の箇所には人が代入されるんですけど、果たしてどんな意味になるのでしょうか。
たとえば
I trust him as far as I can throw him.
と、使われます。直訳すると「私は彼を投げられるくらい信じている」ですね。う~ん、さっぱりわけがわかりません。この as far as は距離を表していて、それを踏まえて訳出すると「私は私が彼を投げられる距離くらい信じている」となりますが、まだ意味不明ですね。
そこでちょっと立ち止まって考えてみましょう。人が人を投げると、投げられた人はどうなるでしょう? 成年男性なら65キロはありますから、きっとたいした距離は投げられません。ターミネーターかランボーでなければ数センチというのが関の山。
勘の鋭いかたなら、もうおわかりかも。上記を踏まえて訳してみると「私は、私が彼を投げられるたかだか数センチ程度だけ彼を信じている」となりますね。そう、この一文は肯定文の体裁をとっていますが強い否定が含意されていて、実際のところ、この人は彼のことをこれっぽっちも信じていない。そういう皮肉を込めた言いまわしなんですね。
そういうわけでトランスレーション猫の拙訳。
「あんなやつ、とても信じられんね」
うにゃ~。
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出し抜けシネマ論③~羅生門を引き合いに出されても~
封切りしたばかりの映画ですが、「バンテージ・ポイント」を鑑賞しました。
いやいや、最近の映画の中ではダントツで面白いですね。上映時間の90分間、最初から最後までいっときも緊張感が緩むことなく突っ走り続ける、花粉症で物憂い気分も吹っ飛ぶ痛快ムービーです。
掻い摘んで説明しますと、スペインの広場で演説中の大統領が何者かに狙撃され、現場でその瞬間を目撃した一般人やらシークレットサービスやら謎の人物やらの視点から事件を振り返っていくことで、徐々に陰謀の全容が明らかにされていくというストーリーです。冒頭から大統領が撃たれるのでゆっくりポップコーンを頬張っている暇はありませんし、その後も矢継ぎ早に新たな謎が提示されては解決されていくため、スクリーンから一瞬も目が離せません。
どの部分を切り取っても刺激的で見応えがあるのですが、圧倒的に面白いのは映画前半
の、各目撃者の視点から狙撃前と狙撃後の展開を追っていくシークエンスですね。それに比して後半は、謎解きのテイストが薄くなってハリウッド流カーアクションが炸裂するので、いささかワンパターンの感は否めません。後半にもう一捻りあったらサスペンスの名作と称えられていたかも。
それでも、全体としては質の高いエンタテイメントですし、投資した金額以上の満足感が得られること間違いなしのオススメ映画です。
ちなみに、「黒澤の“羅生門”を彷彿させる云々」という評はまったくの的外れです。
評価:★★★★☆
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このコーナーは、仕事や読書の最中に気になった英語表現を書き残していくという、いわば、トランスレーション猫のきわめて私的な備忘録としての役割を果たすものです。従いまして、この記事を参照した結果、トランスレーション猫の誤用、解釈の誤り、思い込みその他の事由から第三者が何らかの恥をかくハメになったとしても、トランスレーション猫ではいっさいの責任を負いかねますのでご了承ください。
① on your head be it if ...: ~したとしても、すべての責任を取ってもらう
On your head be it if it rains tomorrow ! 明日雨が降ったらおまえのせいだからな!
② It'll be a cold day in hell when ...: ~することなんてありえない
It'll be a cold day in hell when he thanks me. あいつが礼を言うことなんてありえない。
③ I can't say that I ...: ~とは思わない(遠まわしに否定する言い方。that の代わりに as が使われることも)
Do you like that movie? あの映画って好き?
I can't say as I do. う~ん、あんまり。
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「だからトニーのやつに言ってやったのさ。おまえ、そりゃ、フライパンじゃない、ソースパンだってな。そのときの
やつの顔といったら、鳩が豆鉄砲食らっても斯くやって表情でね。しまいにゃ、いや、ありゃ、ソースパンじゃない、スキレットだなんて言い出す始末さ。今どき、スキレットなんて使うやつがいるのかね、まったく」
いったんマイケルの冗談が始まったら、日が暮れるどころか、夜の帳が降りて、丑三つ時を過ぎ、翌朝のお天道様が昇るまで帰れやしない。ほんと、底なしなんだ。それに、腹を抱えて笑っちまうくらい質が高いときてるから、バーで何気なく隣のスツールに座っちまったがために、やつのジョークの絨毯爆撃を鼻血が出るほど食らって昇天する哀れな子羊たちを何度も目にしてきた。なんでも、やつが言うには、その神の与えたもうし“軽口”で、二ダースばかりのギャングに囲まれるという窮地を脱したこともあるらしい。最後には連中のボス格と肩を組んで悠々と歩き去ったって話だ。いや、俺たちには“肩”は組めないな。“甲殻”を重ねて歩き去ったと言うべきか。
なにしろ俺たちはダンゴムシなんだ。
知ってるだろう? 庭に出て、しばらく放置しておいた植木鉢なんかをどかしてみると無数
にひしめき合ってる姿を見かけることがあるアレさ。誰だって一度は、そんなふうにして俺たちと触れ合ったことがあるはずだ。
ダンゴムシなんて、と笑ってくれるな。先の植木鉢のエピソードが示すとおり、俺たちは隠れるのが抜群にうまい。それに体を丸めて銃弾から身を護ることもできる。だから、諜報員やシークレットサービスになる仲間も結構多い。その道では重宝される種族なんだな。
で、この俺は探偵をやってる。ダンゴ・ムシーノってんだ。冗談みたいな名前だろ。同感だ。が、名前を覚えられやすいってメリットもある。この稼業では大事なことさ。
続く……
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確定申告のシーズンがやってまいりました。しがない“翻訳する人”である私も、いちおうフリーランスという立場にあるので一年間の収支決算もろもろを国へ報告する義務がございます。
さらりーびと時代(といってもたいして長くはない……)は経理族が影で暗躍してちゃっちゃっちゃっと処理してくれていましたので、年末調整ですよ~なんて言われても、あ~じゃあ、数ヵ月後に税金がいくらか還付されるから嬉しいな~、ボーナスに色がつくようなもんか~程度の次元でしか理解していませんでしたが、いざ、自分で確定申告をやってみると、以前は財布を嵩張らせるだけのものでしかなかったレシートをこまめに保管し、あ~なんであのレシート捨てちゃったんだろ~と地団駄を踏むようになること請け合い。
最近ではE-TAXという便利なシステムがありまして、自宅でパソコンから納税できてしま
い ます。去年、必要書類をもらおうと、納税シーズン真っただ中の税務署を訪れたときに、建物を何重にも取り囲むようにして人々が果てしない列を描いているのを目撃し、こんなのに並んでたら日が暮れちまうぜ、おい、と感じた私としましては、E-TAXの利用を申請しておいたのは正解でした。
申告にはいわゆる「青色」と「白色」があって、このふたつの言葉自体は有名なのですが、その実体を承知しているさらりーびとは少ないのではないでしょうか。
斯くいう私もそんなひとりでしたが、ざっくり言ってしまえば「青色」はきちんと帳簿をつける必要がある申告方法で、「白色」はいささか杜撰な帳簿管理でもオーケーな申告方法で、申告方法の一軍と二軍みたいなものと言っては語弊があるかもしれませんが、ニュアンスは分かっていただけるのではないでしょうか。「青色申告」で漏れなく申告するにはそれなりに高度な知識と経験が求められますし、あらかじめ、前年度に国に対して「来年から青色でやりますよ~」と申請しておかないと門前払いを食らわされます。
そういうわけで「青色」はなにかとハードルが高いので、私はいまだ「白色」組です。「青色」だと特別控除とかも受けられるんですけどね……。
なにはともあれ今年も一日かけて、無事、確定申告を終了いたしました。たいていどこかに不備があって税務署に呼び出されるんですけど、まあ、それはご愛嬌。
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出し抜けシネマ論②~邦題に惚れる~
仕事が忙しくなると息抜きに、というか、現実逃避のためにやたら掃除をしたくなったり、CDの並びが気になったりして、また、こういうときにかぎってなぜかこうした作業が捗ったりするのですが、それはさておき、以前から楽しみにしていたクローネンバーグの初期作品を借りることができたので鑑賞しました。
タイトルは「ザ ・ブルード 怒りのメタファー」。作品の持つ異様なテンションを伝えるすばらしい邦題ですね。最近の邦題は捻りもなくカタカナ化するだけで味気ないことこの上ないのですが、それに比して昔の洋画の邦題は配給会社の個性を写す鏡のようで好感が持てます。「殺しのドレス」とかセンスいいですね。
本作品の「怒りのメタファー」という副題も、なにやら説明のつかない迫力を醸し出していて、言葉フェチとしてはたまらないです。もちろん、映画を観ればこの副題も合点がいくのですが、肝心の映画のほうはいささか合点がいきません。
まあ、クローネンバーグですからね。辻褄合わせを期待しては
い けません。小難しい理屈などはトイレに流してしまい、この監督の提示するアブノーマルな世界にどっぷりと浸るのが正しい鑑賞法と言えるでしょう。
にしても、ちょっと盛り上がりに欠けるかな。「怒りのエネルギーが具現化した生命体」という発想はいかにもクローネンバーグらしくて秀逸なのですが、氏の他作品で見られるような、強引に観客を引っ張り込む腕力が足りないような気が。期待しすぎましたかね。そこそこ面白いんですけど。
評価:★★☆
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