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加藤一二三元名人の猫騒動に想う、続報

Img_1906加藤一二三元名人が野良猫への餌やりで訴えられた件で、進展があった。

先の18日、東京地裁八王子支部で第1回口頭弁論が行われ、加藤一二三元名人は答弁書のみを提出して欠席したそうだ。

そのなかで加藤氏は「野良猫に餌をあげていることは認めるが、動物愛護の精神のもと無制限、無秩序に猫が増えることを防止している。なんら違法性はない」と主張。

これに対し原告側は「受けた精神的苦痛は計り知れない。和解もありうるImg_1909 が、慰謝料なしという案はのめない。猫が敷地に入らないよう柵などを設置する費用もかかっている」と反論。

ということらしい。

前回も述べたが、はっきりいって私はこの裁判の勝敗に興味はない。

そんなことをする暇と金とエネルギーがあるなら、とにかくまず、今そこにいる野良猫たちをなんとかしてやりなさいよ、あんたら。それからニンゲンたちで好き勝手に喧嘩してください、飽きるまで。と考えている。

Img_2005ただ、上述の口頭弁論の双方の言い分から、いくつか浮き彫りになってくることがある。

とりわけ違和感を感じるのは、原告側の「和解もありうるが、慰謝料なしという案はのめない」という主張。

これは翻訳すれば「金さえ払ってくれるなら、まあ、手を打ちましょうか」と宣しているに等しく、顧客たる原告団にこうした幼い発言を許してしまう担当弁護士ってどうなんでしょう。

思うに、彼らはかなり感情的になっている。そして、暴走しがちな彼らを弁護士が制御しきれないでいるのだ。

でなければ第一回目から「金をよこせ、金を」なんて身も蓋もない主張Img_2059に及ぶとはとうてい思えない。裁判が一種のアピールの場である以上、もっと被害者らしく振る舞って然るべきである。世間の同情を買うためにも。

だが彼らはそうした「法廷劇」の部分をすっ飛ばしてダイレクトに「金をよこせ」と訴えている。しかも、猫たちの今後についてはいっさい触れていないところがとても悲しい。

おそらく加藤氏はあきらめの心境にあるのだ。もはや言いたいことは言い尽くしたと感じており、それを改めて法廷で訴えるのはしょせん、これまで庭先で彼らと行ってきた議論の再現にすぎなImg_1872い。だったら、もう、私の言い分はこの答弁書にすべて書いてありますから、あとはもうそちらで煮るなり焼くなりしてください、と。

加藤氏はたぶん負ける。そして満額はありえないが、避妊手術や里親探しを行っていた事情が斟酌され、いくらかの慰謝料を払わされることになる。

が、元名人たる加藤氏は、勝負師の勘でもってその展開を読み切り、裁判をさっさと終わらせて猫たちを助けるほうに集中しようと腹を決めたのではなかろうか。

まあ、わかんないですけどね。なにしろ加藤一二三ですから。

とにかく、今そこにいる猫たちをなんとかしてください。

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にゅ~す猫」カテゴリの記事

コメント

野良猫を嫌悪するということを越えて憎悪してるとさえ言えるこうした人たちは、社会が曲解した「個人の権利」を容認すればするほど今後も増えることでしょうね。
人は人の論理だけで土地を売り買いし、買った人間は自分の所有物であると主張しますが、そこで生きる動物たちは権利を主張することなどできません。権利を主張しないこと=権利がないということにはけっしてならないはずですが、野良猫たちは権利を主張する人たちに追われます。悲しいことです。
裁判の結果が今後、悪しき事例にならないことを祈るばかりです。

荒川区の餌やり禁止も様々な弊害がすでに出ているようで、お上が決めたことだからというお墨付きをもらったと勘違いした輩が、餌やりの人を攻撃しているようです。
嫌な世の中です。
猫が平和に暮らせない街は人にとっても住みにくい街だと思います。

投稿: 自転車小僧 | 2008年12月20日 (土) 20時41分

どうも、小僧さん。
荒川区の件はやはりそういう弊害が出ているんですね。我ら凡人でも少し考えれば想定できる事態だと思うんですが……。ダサいですね、やることがダサすぎる。

投稿: とら猫 | 2008年12月20日 (土) 22時32分

とら猫さんの書いているように
この原告の慰謝料云々。。。なんなんでしょうー!(-"-)
ちょっと考えられません。
ネコ嫌いだとしても、人としてどうなのかな・・・。
はふ~っε-(ーдー)

投稿: もちゅみ | 2008年12月21日 (日) 00時44分

ま~ったく猫に興味のない私、、、、そして野生王国ユーコンに住む私は普段、人間とかかわることがなく、ピュアなウィルダネスに生きる動物を見ることも多々ございます。私としては、ペットをかわいいからという理由で飼う行為自体が、やはり現代的であって、本来の姿からはかけ離れてしまったのかな?と思いますねー、ちょっとこれを機会に猫の歴史を調べてみましたが、古くは人間の穀物貯蔵庫をねずみから守るために飼われたというのが現在の定説のようですね。しかしながら、同じく現代社会に生きる私も文明の中に行き生活しているので、ま~たく猫を飼う人を否定する気はありませんが、猫を飼うという行為がどういうものなのか、どういう責任が発生するのか、しっかりと理解して掘り下げることができれば理想的ですね。 まー、こういった日本の都会で起きる問題は、紐解いていくと、常に『スペース』の問題に行き着くと思います。私の考えでは、人が多すぎるのです、特に日本は、、、、、東京なんて1000万人ですよ。私が住むユーコンは日本の1.3倍で3万5千人、物理的スペースは人間の心のスペースの大きさに比例すると体感してます。いつも、生態系の中での人間の数というものを考えたとき、、、、、我々人間はあまりにも数が多すぎるのでは、と感じます。

投稿: Yukon Jack | 2008年12月21日 (日) 06時36分

私はね、一二三さんが負けちゃったら困りますよ。
全国の猫おばさん、猫おじさんの肩身がますます狭くなっちゃう気がするもの。がんばれ一二三!

投稿: パピコ代理 | 2008年12月21日 (日) 11時06分

もちゅみさん。
そう、人としてどうなんだって問題ですよ、まさに。私はイヤです、こんな親だったら。

投稿: とら猫 | 2008年12月21日 (日) 11時28分

どうも~、ジャックさん。
ホームワークしてますね、すばらしい。そう、猫は「野生」ではなく「家畜化」された動物であるというのが定説です。なので「猫は野生に返してやるべき」なんて反論はまったく的外れなわけですが、やっぱり、ジャパンは人が多すぎだと思いますよ、私も。ニンゲンなんぞ、地球を食いつぶして生きている矛盾した存在ですからね……。

投稿: とら猫 | 2008年12月21日 (日) 11時33分

ども、ぱぴこ代理さん。
無論、勝ってもらうのが一番ですけどね。今の世ではどうなんでしょうか……。なんにしても猫の今後についてを考慮した判決にしてもらいたい。

投稿: とら猫 | 2008年12月21日 (日) 11時42分

たかが猫の餌やりですよ?
いやいやたかがなんて問題じゃないと思うかもしれないけど私の常識としては「たかが」です
もっと話し合えないの?

もっと気長に付き合えないの?

もっと後先考えないの?

去勢=愛護ではありませんが加藤さんの行為は間違ってないと思います

住民の皆さん、金儲けは色んな所に転がっていますね

投稿: オウル | 2010年5月14日 (金) 09時49分

オウルさん。
こちらのブログを放置していたため、コメントに気づかず申し訳ございません!
この件、どうなったんでしょうね?
あの頃と比べると、世の中がすっかり変わってしまいましたね……引き続き、タイトルを変更してブログは続いておりますので、よかったらトップページからどうぞ!

投稿: とら猫 | 2011年8月11日 (木) 11時10分

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