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2009年3月

いちご姫の旅立ち

_3250471ぼたん嬢に続いて、いちご姫も里親さんが見つかった。

猫よりも人が好きなぼたん嬢はともかく、保護してから四か月経つのにまともに触らせてもらえず、人差し指でおでこをツンツン突くのが精一杯なほど警戒心の強いいちご姫は、さすがにもらい手が見つからないのではないかと諦めてかけていたので、夫婦ともども、いささか驚いている。

なんでも、いちご姫を引き取ることになったEさんは、里親さん募集サイトでいちご姫の_3250484写真を見てひとめぼれしたそうな。

そのサイトには、いちご姫とそっくりなハチワレ猫が何頭も掲載されているので、そのなかで注目されるのは大変なことである。

にもかからず、Eさんはいちご姫を選んだ。

要するに、縁があったということか。不思議なものだ。

ちなみに、里親さんの見つかった猫~ずは_3250456、いちご姫で三頭目。

約半年で三頭なので、二か月に一頭のペース。

まあ、こんなものだろう。ペースを上げるつもりもないし。

こういう活動はヘンに気負うとおかしな方向へ行きがちだ。あくまでも個人のできる範囲で、責任を負える範囲でやっていくのが好ましい、と思う。

同胞を募って大掛かりにやっているボランティアの方々もいるが、天邪鬼な我々にはそういうやり方は向かない。組織立って活動すると、どうしても、組織のなかで力関係が発生し、政治が干渉してきやすいので。P3260553

私たちはただ、目の前に救える猫~ずがいるから救っているだけ。高尚な理念を引っ張り出さねばならないほど難しいことをやっているつもりは毛頭ない。

それにしても、どの里親さんも素敵な人たちばかりだ。

いちおう、自分が関わりを持った猫~ずであるし、親心というか、最低でも、自分たちと同じくらい猫~ずを幸せにできる人たちのもとで寿命をまっとうしてもらいたいと思うが、彼らになら安心して預けられる。

ぼたん嬢も、いちご姫も、幸せに暮らしていけそうだ。

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猫語大辞典#6

_3260500うーにゃー【Uuunyaaa】

①懇願する。

例:にゃらにゃにゃん、にゃんぶにゃきゃんきゃ、うにゃらぱパピちゃんにゃくみゃんみゃんがにゃんにゃ、うーにゃーうーにゃーうーにゃー!!!

訳:朝ごはん、ぜんぶ吐いちゃって、もうお腹がすいてパピちゃんが肉まんに見えてきたんで、頼みますからごはんください!!!_3250456_2

②ニンゲンとの意志の疎通がうまくいかない状態。

例:うーにゃーうーにゃーうーにゃー。にゃはんうにゃぽ、にゃんにゃらにゃがにゃがにゃんちゃんにゃらんちゃにゃんの。にゃま、カリカリにゃさにゃら。

訳:あーもう、わっかんないかなー。ゴハンじゃなくて、トイレを片づけてくださいって言ってるわけよ、こっちは。今、カリカリを出されてもねぇ。

_3250489 ③俗語で、みみず。

例:にゃっ、うーにゃー

訳:あっ、みみずめっけ。

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次はいよいよ、アニマルポリスか?

Img_3659江東区がこんなことを始めたようだ。

なんと、「飼い主のいない猫の去勢・不妊手術費の助成を行い、猫に対する適正な飼養を推進し、人と動物の調和の取れた共生社会の実現を目指すため、この事業に協力いただける普及員を募集します」とのこと。

これは驚いた。

行政が率先して、こうした募集をホームページ上で行うなんて、以前は考えられなかったことだ。

やっぱりそうなんだ。Img_3644

時代はゆっくりと、だが確実に、動物・自然との共生という方向に向かって動いている。というか、ようやく日本が世界水準に追いついてきたというべきか。

古い考えに拘泥している自治体、ペットショップ、企業の方々、今のうちに考えを改めておいたほうが、のちのち、恥をかかずに済みますよ~。

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「ポテコ」の等級を見分ける方法

Img_3605意外と知られていないことだが、東ハトの「ポテコ」の味にはぶれがある。

幼少のころよりポテコを食べ続けている私は、ポテコに係る味蕾が発達しており、ポテコを一つ食べるだけで、その袋に入っているポテコが一級品か二級品か見分けることができる。

もっとも顕著なのは塩気の差だ。

一級品のポテコには塩がたっぷりとまんべんなくまぶしてあるが、二級品は、やたら塩辛いポテコがあるかと思えば、Img_3627塩がまったくついていないポテコもあったりして調子が狂う。

焼き上がりにも差がある。

一級品のポテコはこんがりと香ばしく、完璧なバランスでまぶされた塩と絶妙なハーモニーを奏でてくれるのだが、二級品になると、焦げていて苦いだけだったりする。

従来、こうした等級の違いは食べてみるまでわからなかったが、私はついに発見した。

私の仮説によれば、コンビニなど、定価で販売されているポテコは十中八九、一級品である。がImg_3608、ディスカウントショップなどでたたき売られているポテ コは、パッケージは同じでも中身が二級品であることが多い。

そこで考える。

私はポテコの製造法をよく知らないが、まあ、おそらく、魔女が使いそうな巨大な窯に「ポテコの素」を投入し、これまた巨大なヘラでかきまぜながら、地獄の業火でがんがん焙っているのだろう。

ここまで手作りに拘っていれば、出来栄えにぶれが生じるのは致し方あるまい。

焼き上がったポテコは窯からベルトコンベアーの上Img_3618に流れていく。おそらく、 この段階で、一級品と二級品の選別が行われる。

具体的には、ヒヨコの雄と雌を選り分けるように、パートのおばちゃんが一つ一つ、質のいいポテコと悪いポテコを選り分けている(ものと思われる)。

要するに、東ハトは、製造段階で意図的に一級品と二級品のポテコを選り分け、一級品のポテコは定価でコンビニなどに卸し、やや味の落ちる二Img_3613級品のポテコはいくらか勉強して、ディスカウントショップなどに卸しているのだ。

となると、同じように見えるパッケージも、実は違うのかもしれない。

あのパッケージには東ハトの人間にしかわからない微妙な細工が施されてあって、試食しなくても一級品と二級品が見分けられるようになっていると考えるのが自然であろう。

私はパッケージの裏側、右下あたりに刷り込まれたポテコマークが怪しいと睨んでいるのだが……。

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オスカー女優って、あなた

Img_3565『おくりびと』が本場米国のアカデミー外国作品賞を受賞したそうで。

『おくりびと』そのものに興味はないし、そのために映画館に足を運ぼうとも思わないが、そういったニュースは同じ日本人として、まあ、誇らしいし嬉しいことではある。

が、どうも勘違いしている人が約一名。

その名を広末涼子という。

役柄はよくわからないが、彼女は『おくりびと』に出演していImg_3556る。

で、帰国後、松本清張原作の新作 映画に関する報知新聞のインタビューでこんなふうに答えていた。

「オスカー女優だから、撮影の初日から恥ずかしい演技はできないとプレッシャーを感じました」

って、おいおいおいおいおいおいおいおいおい。あなた。「オスカー」の意味、わかってますか?

確かにあなたの出演した『おくりびと』はアカデミー賞を勝ち取ったかもしれImg_3573 ないが、あなた自身がアカデミー主演女優賞に輝いてオスカー像を頂戴したわけではない。というか、そういう賞にノミネートすらされていない(当たり前だが)。

従って、あなたは「オスカー女優」ではありません。

もし、アカデミー賞を撮った作品に出演しただけで「オスカー俳優」になれるなら、主役、準主役、脇役のみならず、賞味二秒程度しかスクリーンに顔を見せないエキストラの皆々さまも「オスカー俳優」を名乗ることができ、街は「オスカー俳優」で溢れかえり、三歩歩けば「オスカー俳優」にぶつかるという事態になItem3る。

いや、待てよ。ひょっとして、広末嬢は「オスカー」の意味を取り違えているのかも。

たとえば、「オスカー」は英語で、「そこそこ演技もできる元アイドル」とか「バツイチ子持ちの元アイドル」という意味なんだと思っているのなら合点がいく。

あるいは、なんとなく箔がつきそうだから、ファッション感覚でそれを冠してみたのか。

恥ずかしながら、私はかつて広末涼子のファンだったことがあるが、その私が贔屓目に見ても、彼女は演技がヘタである。等身大の現代女性みたいな役ならなんとか視聴に耐えられるが、それだってとうてい演技と呼べる代物ではなく、「素」でカメラの前に立っているにすぎない。

しかし、世渡りのうまさはオスカー級だな、広末は。

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チェンジリング

Photoこれが八十近い老人の撮る映画だろうか。

あの黒沢明でさえ、晩年に差しかかるにつれて、力強い映像が撮れなくなっていったが、イーストウッドはちがう。進歩をやめない。

おそらく、今のイーストウッドには、表現したいこと、発信したいことが、脳内に溢れているのだ。そして、それらを映像化して伝えられるだけの技術も想像力も持っている。

同時に、寄る年波には勝てないことも理解しているにちがいない。

ただし、それは年齢的な衰えに対する恐れではなく、なにかをやり残したまま死んでいくことへの恐れだImg_3271と思う。

がため、近年のイーストウッド作品はどれも長い。「硫黄島二部作」などは、もともと一本の映画だったものを、それではすべてを伝えきれないからと、二部作に変更したほどだ。

今のイーストウッドは、自分に残されたわずかな時間を割いて作る一本の映画に、できるだけ多くの想いを詰め込もうとしているのだろう。

『チェンジリング』からも、そんなイーストウッドの想いがひしひしと伝わってくImg_3370 る。『ミリオンダラー・ベイビー』は、サクセスストーリーと底なしの悲劇という二つの相反する要素がみごとに溶け合った傑作だったが、『チェンジリング』の内容の濃さはそれを遥かに超えている。

詰め込みすぎ、と評されても納得できるほど。

『チェンジリング』には大まかに分けて、ヒューマンドラマ、猟奇サスペンス、社会派ドラマという三つの側面があると思う。イーストウッドの才能と技術をもってすれば、これらの題材を巧みに料理して、三つの異なる傑作を生みだすことも可能だったろう。Img_3506 『チェンジリング』は二時間半に及ぶ大作だが、もっと短い作品になっていてもおかしくない。普通の映画ならここでフィナーレを迎えるのではないか、というポイントが多々ある。

が、イーストウッドはそこで映画を終わらせなかった。いや、終わらせたくなかった。『チェンジリング』に込めた想いを、細大漏らさず伝えるためにも。

それにしても、これだけベクトルの異なる三つのストーリーをシームレスに一本の映画にまとめ上げてしまうイーストウッドの力量たるや、すさまじい。Img_3487 神がかっている。

ひとつ気になるとすれば、「希望」の持たせ方だろうか。イーストウッドにしてはきわめてありがちな、月並みな方法で「希望」を与えている。

もっとも、これだけ常軌を逸した「真実の物語」を突き付けられる『チェンジリング』においては、むしろ、あのくらい素朴な「希望」のほうがふさわしいのかもしれない。

実際、ラストシーンのアンジェリーナ・ジョリーの晴れやかな笑顔を見て、私も救われたような気分になったのだから。

四月公開予定の新作、「グラン・トリノ」も期待できそうだ。イーストウッド爺ちゃんには、できるだけ多くの映画を撮ってもらいたいと切に願う。

評価:★★★★★

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毛髪、アンビリーバボー

Img_3482面倒だが、伸びるもんは仕方がない。

毎度のことながら、仏頂面で床屋(QBハウス)に行ってきた。

髪切りシートについた刹那、こいつはやばいと思った。というのも、担当の理髪師が、顔は生粋のオヤジのくせに所作が女っぽく、いかにも異様だったのである。

普段なら、「自然に」と簡明に髪型の指示を伝えるだけで理髪師に任せてしまい、拷問に近い髪切り作業が終わるのを目をつぶり口をつぐんでひたすらImg_3484待っている私だが、今回ばかりは、「自然に」作戦でこいつに任せたら悲惨な目に遭うと察知し、先手必勝、「バリカン入れてもいいんで三センチほど」とこと細かにリクエストを告げた。が、

「は~い、三センチほど、自然にですねん」と、櫛を振りながら理髪師。

なんと、敵のほうから「自然に」と言ってきやがった。大丈夫か、おい。

不安は的中した。

Img_3493私の認識では、バリカンというものは髪に沿って垂直に、下から上に向かって刈っていくものと思っていたが、それは誤認だったらしい。

というのも、彼はバリカンを横にして水平に、右から左へと髪を刈っていったのである。

「え゛」と思ったが、いったん始まった作業は止められない。こんなやり方では段々畑は確定的だが、手つきだけは妙にいいので、ひょっとしたら、最後には完璧に仕上がるのではないか、と淡い期待を抱かせられる。

じっと耐えて十分後。

作業が終わると、すべてが合理化なQBハウスでは、髪のImg_3509毛の切りかすを象の鼻のような掃除機で吸い取る。が、この段になって、理髪師が、

「とってもでっかい音がしますから、気をつけてくださいね~ん」

とナヨナヨ警告してきた。

私もQBの常連客なので、この掃除機がぶおーんと間の抜けた音を出すことくらい、百も承知である。が、敢えて警告してくるってことは、マシンの調子が悪くて爆弾みたいな音がするのかもしれない。

そう思い、歯をくいしばって身構えたが、ぶおーんと力の抜けた音がしただけだった。

くそっ、ブラフか。騙された。

家に帰って鏡で見てみたら、やっぱりヘンな頭になっていた。

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沼みたいな盛り付けって、どうなの

Img_3418料理は嫌いじゃない。

というか、翻訳という稼業をしがなくやっている事情から、私は朝も昼も夜もずっと家にいるわけで、物事の帰結として、我が家では私が夕飯をこしらえることが多くなる。

いちいちスーパーで食材を購入してメニューを一から考えるとなると億劫だが、最近では食材配達という便利なサービスがあって、なんと、レシピまでついている。

レシピさえあれば、どんな料理オンチの人でも、抜群に美味くはないにせよ、食Img_3385_2べても吐いたり腹を壊したりしない程度の料理は作れるものだ。

そういうわけで、そこそこ美味い料理は作れる。特にタコスには自信があって、チャンスがあれば屋台でも始めたいところだ。

ただ、何を作るにせよ、盛り付けがどうにもヘタだ。センスがない。

まるで沼みたいである。

「沼みたい」というのは私が独自に編み出した比喩表現で、なんかこう全体Img_3416的にトーンの暗い、活気のない盛り付けのことを喩えて言う。野菜なんかも滑り止めの大学に落ちたみたいに元気がない。

たとえばパスタ。

嫁が盛り付けると、具のホウレンソウやらキノコやらがバランスよく散らばっていて、見た目にも食欲をそそるのだが、私が盛り付けたパスタは、具のひとつひとつがパスタソースの海のなかで、助けてヨー、助けてヨーと、もがき苦しんでいるのである。これImg_3410ぞ、パスタの底なし沼。

パスタに限らず、炒め物系も沼みたいな盛り付けになる。なんかべちょっと していて、具たちががっくりと肩を落とし、溜息をついているようにさえ見える。

が、そこに嫁がプチトマトをふわっと乗せると、あら不思議、沼は美しい湖と化し、食材たちもルンルン気分で歌って踊りだすのだ。

うーん、味は悪くないのだが。

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続・猫の性格もいろいろでして

Img_3130猫を飼ったことがある人ならわかると思うが、って、前々回と出だしが一緒じゃんか、芸がないなあ、とにかく、猫の性格も猫それぞれである。

アシスタント2号こと白猫のパピコ嬢は、ニンゲンではマイペースタイプにあたる。たとえば、他の3人がソファでひなたぼっこに興じているときも、パピさんだけは陽の射さない和室のケージのなかで爆睡していたりする。

しかもかなり鈍くさい。勘のいいケロ号などは、病院に行くときも、不穏なImg_3203空気をすばやく読んで冷蔵庫の上に逃げ込むため、こっちも捕まえるのに一苦労なのだが、パピさんはその点、まったく手がかからない。

横から近づいていって人形のようにひょいと持ち上げ、キャリーバックのなかにぽんと入れて一丁上がり。まるで無抵抗。ガンジーかよ。

鳴き声も個性的というか、ヘンだ。にゃあ、と鳴かずに、きーきー鳴く。猿みたいに鳴くので、我が家に来たばかりのころは、ケロ号が訝しげにパピさんを見つめていたものだ。こImg_3264いつ、猫か? みたいな顔で。

オツムもちと弱い。臆病なので知らない人がやってくると逃げる、まあ、そういう知恵はかろうじて持ち合わせているのだが、悲しいかな、それがリスク回避につながらない。

どういうことかと言うと、知らない人がやってくるほうへ逃げるのである。

郵便屋さんがピンポーンとやってくれば、玄関のほうへすたこら逃げる。宅Img_3186 配便業者がやってきても然り。これが戦場なら、敵の攻めてくる方角へ退却するのと変わらず、リー・アーメイのような鬼軍曹に「ヘイ、ユー! あーゆーるーじんゆあまいん?」と突っ込まれ、こってり絞られることだろう。

トレードマークだった額の「ハの字」も薄くなって消えつつある。これは進化なのか退化なのか。

どうなる、パピコ。

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ヘイ、ユー! ぽちっ

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私だってアニマルポリスになりたい

Img_3275前々から不思議だったのだが、

なんで日本にはアニマルポリスがないのか。

アニマルポリスというのは、アメリカやイギリスなどでは大昔から存在している、動物を虐待や酷遇から守るためのれっきとした警察組織である。もちろん、警察官なので拳銃も携行していれば逮捕権も持っている。

以前、ケーブルテレビで彼らの活躍を描いたシリーズ番組を放送していたImg_2176 が、犬や猫の世話を放棄したなめくさった飼い主は容赦なく逮捕されるので、観ていて実にスカッとする。

ところが、日本の警察は、そういう飼い主がいても、やれ民事不介入だなんだと理由をつけて敷地内に踏み込むことができない。まったく歯がゆい。こんなときにアニマルポリスがいれば、

「これは酷い。これな環境で犬を飼うなんて許せない、とんでもない外道だ。踏み込むぞ」

Img_2839と、即決、ただちに哀れな犬たちを保護し、不埒な飼い主は手錠をかけられて御用となる。

実に明快。話が早い。

なんでもかんでもアメリカに追従するのはどうかと思うが、彼らのこうした合理性というか行動力は大いに見習うべきである。

超法規的措置を発動できる彼らがいれば、その場凌ぎのアンフェアな法律を作る必要もなくなるし、劣悪な環境下で生体を販売しているペットショップなども片っ端から摘発されるだろう。

だいたい、犬猫を気軽に捨てるアホーな飼い主を増やしているという点で、Img_2207 ペットブームの名のもとにファッション感覚で命に値段をつけて売りさばくペットショップの罪は大きい。

以前、「半期に一度の大セール」と銘打って、狭い檻に入れた犬猫を狭い特売会場にぎゅうぎゅうに押し込み、安いよ安いとたたき売っているペットショップを見かけたが、あんなのはどう考えてもまともじゃない。狂っている。

たのむよ、アニマルポリス。

しっかし、日本はなんで、何を決めるのにもこんなに時間がかかるんだ。いつまで審議してんだよ、壱万弐千円の定額給付金……。はあ。

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アニマルポリスにぽちっ

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