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2009年10月

元ふーじこちゃんとルパンの現況

元ふーじこちゃん。雑誌の1ページみたい。上手だなあ、写真。

Dsc_2346 こちらは… 元ルパンかしら。柄が一緒だから分からん。

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部屋の色調に合ったおしゃれな猫タワー… って通販の宣伝文句か。

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ルパン&ふじこ改め、幸せいっぱいのぐりとぐらでした。

しがない翻訳者はカゼを引いてダウン中……

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ラーメンの恨みは時を超えて

_a262649先日、母と話をして驚いた。

母がえらい昔のこと、それも比較的どうでもいい、私と一緒にラーメン屋に行ったときのことを鮮明に覚えていたからである。

とはいえ、あのときのことは私も覚えている。

当時、大学生で千葉に下宿していた私は、久しぶりに帰った実家で、母になんか食いたいもんがあるかと訊かれたので、前々から「神奈川のラーメン繁盛店」というガイドブックで目をつけていたラーメン屋さんに行くことにしたのだ。むろん、母のおごりで。Pa252593

車で店について慄然とした。

店の風貌がほったて小屋、戦後のバラックのようで、いかにも流行っていなさそうな雰囲気がぷんぷん漂っていたからである。

しかも、駐車場がやたら広かった。

大型トレーラーが何台でも停められそうな広大な敷地に、ぽつんとプレハブ式のラーメン屋が建っているその構図は、駐車場つきのラーメン屋というよりもラーメン屋つきの駐車場と呼んだPa252613ほうがふさわしく、一見して異様だった。

さりとてガイドブックで繁盛店と太鼓判を押されている店である。ラーメン屋は中身で勝負だ。

そう思って中に入ってみると、やっぱり客は私たちだけだった。ほの暗い明かりに浮かぶ、店主らしき男の疲れた笑み。

肝心のラーメンも店主の無気力が伝染したような空虚な味で、麺もぐにゃぐにゃに萎えてしまっていてまったく腰がない。底なしのまずさだった。_a242584

と、私はまあ、このときの記憶を、「ラーメン本の言うことを信じるべからず」という教訓になったなあという程度にしか捉えていなかったのだが、自らの懐を痛めてラーメンをおごった母の恨みは深かった。

何かの拍子にラーメンの話題になったとたん、そのときの恨みを実に十数年越しに、堰を切ったようにぶちまけ始めたからである。で、私は冒頭に言ったように驚いたのだった。

このラーメン屋、今ではつぶれて更地になっているそうな。合掌。

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食いもんの恨みは本当に恐ろしかった、ぽちっ

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くるみん親子の近況写真!

まずは、もはやヨーダの面影が微塵もないほおずき氏から。

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変わらぬ美貌を誇るくるみ母さん。

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かくれんぼ中(バレバレ)の元最強ブラザーズ。

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こんな時代もありましたね。

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猫ってね、かわいいですよ、結構

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ぼたん、九州へ飛ぶ

夜の街

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降りしきる雨、そして

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我が家の卒業猫第2号「ぼたん」はこのたび、里親さんの仕事の都合で、都会の喧騒を離れてはるか福岡まで引っ越すことになりました~。

しかし、昨晩の雷はすごかった。空が裂けた。

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達者で暮らせよ、ぼ

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映画『エスター』を鑑賞

Orphan無垢はときにナイフにもなる。

無垢。まっさらで汚れのない心。だが、イノセントとは、何も知らないということでもある。当然、人の痛みも知らない。子供が顔色ひとつ変えずに虫を踏み殺せてしまうのも、無邪気のなせる業であろう。

大人はそうした無垢の危うさを知っているが、それでも赦すしかない。

なぜって「子供のやることだから」だ。

この世において、子供は「無垢」という盾に護られているのである。_a112254

この盾は、子供が無意識に装備している渡世の道具だ。無垢な存在であるからこそ、人は子供を護りたくなる、慈しみたくなる。人間を含めた動物の赤ん坊がおしなべて愛くるしい姿をしているのは、大人の心に眠っている「子供かわいがりスイッチ」を押すための必然かもしれない。

「無垢」は堅牢な盾である。ほとんど無敵と言っていい。

_a112208モンスターペアレンツを筆頭とする狡猾な親たちはそのことをよく弁えていて、たとえ我が子が万引きを働こうとも、この盾の陰にささっと入り込むや、「うちの子がそんなことをするはずがないわっ」と言い放つ。この状況でさらに子供を責め続けるのは得策ではない。やがて子供を苛めているような気分にさせられ、「酷い人」扱いされてしまう恐れがある。

使いようによっては、かように危険な「無垢」の盾。

この盾を、当の子供たちに自在に使いこなされたとしたら、はっきりいって大人_a112198はいくら束になっても勝てないだろう。子供の純真を疑うことは、この世界では基本的にタブーだからである。そんなことをしたら人でなしと呼ばれる。

エスターはこの盾を自在に使いこなす。だから恐ろしい。

エスターが3人いたら、社会秩序は3日で崩壊するだろう。

久しぶりに「怖いなあ」と思える映画だった。特にロシアンルーレットのシーンの「Do you want to play?」の一言 には戦慄する。夢に見そう。

_9211247こけおどしの演出がちと多いのが煩いが、それでもサイコホラーとしての完成度は極めて高い。お子様が観たらトラウマになりそうな印象的なシーンも多い。

エスターの正体は監督がこの映画に与えた「救い」なのでは。あるいは倫理観を問われたときの逃げ道か。だとしたらクレバーな監督だ。

いずれにしても、「シャイニング」といい「ミザリー」といい、この手のホラーにはもの悲しくも美しい雪景色がよく似合う。

評価:★★★★☆(傑作!)

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怖いっす、エスター。

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猫じゃらし祭り with 動画

猫じゃらし祭り、開催!

まずは黒コンビから。

次はクッション越しに。

茶色コンビも参加してのフィナーレ。

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猫じゃらし祭り開催中は生傷が絶えません

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鎌倉らーめん道中・其の壱

Pa071795先日、所用で鎌倉に出かけた。

鎌倉を訪れるのは数年ぶりのことで、せっかくだから、ラーメン屋を梯子することにした。

なんでか。

ラーメンが好きだから。へへへへへへ。

てなわけで、一軒目。

★晴雨庵★_a071847

地元で「老舗」と呼ばれる店である。路地にひっそりと佇むその店構えはこじんまりとした料亭のようで、「ラーメン」の四文字が躍る暖簾が掛かっていなければ、ラーメン屋とは気づかないだろう。

この「老舗」。ラーメン的にはリスクが高い。

ラーメン的に浅学な人_a071863は「長く続いているから美味いはず」と考えがちだが、こういう姿勢で「老舗」に挑むと、手ひどいしっぺ返しを食らう。

なぜなら、店は「美味い」からという理由だけではそう長くは続かない。「安いから」「立地がいいから」「店主がフレディー・マーキュリーに似ているから」等々、実に様々な要因が絡んでくる。

確かに、味の良さで続いている店もあるが、その一方で、味は凡慮でも、安さや使い勝手の良さで繁盛している店もあるわけだ。

時代に流されることなく、毅然とそこに在り続ける「老舗」は、変わらないことの美学を教えてくれる愛すべき存在である。

だが、愛は人の目を狂わせる。我々はそうやって頑張ってきた「老舗」を、人情として、ついつい応援したくなってしまう。

勢い、「老舗」に対する世評は甘_a071816くなる。

長い歴史を持つ「老舗」はおらが街の誇り。「味」という単純な尺度では測りきれない別格なのだ。

老舗なのに味がいまいち、という一見すると矛盾する事態が起こるのはこのためである。「老舗」は店である以前に街の一部なんですね。

しかし、しかし、しかし。

私とてラーメン_a081943好きの端くれ。鎌倉を敵にまわすことを恐れて「晴雨庵」を評価しなかったら、一生、自分を許せない。店の歴史は重い。敬意を表するが、それでも味。味が大事なのだ。

で、食した感想は。

なんかフツー。安さで45点。

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隣の常連らしき客はラーメンに酢をどぼどぼかけてました

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巷で流行りの「風呂掃除ルック」

_9281579流行とはげに予想がつかないものである。

例えば昨今は「風呂掃除ルック」なるものが流行っている。

休日にショッピングモールに出掛けると、この「風呂掃除ルック」でバッチリ決めた父子の姿をよく見かける。

流行に疎い私だが、愚考するに、「風呂掃除ルック」のポイントは靴にあるらしく、皆、あれは「お風呂シューズ」というのだろうか、風呂を掃除するときに履くプラスチック製のカラフルな靴を履いている。_a051740

こうした一見奇抜なファッションが流行する背景には「父性の復権」が絡んでいるのではないかと私は勝手に睨んでいる。

つまり、こういうことだ。

男女平等が叫ばれるようになってから久しいが、父親は本来、家庭内における権威の象徴であった。家事は妻任せで、居間であぐらをかいて威風堂々としていればそれでよかった。

_a051723が、昨今では家事のできる父親が持てはやされる。料理のひとつもできない父親は子供から「無能オヤジ」と蔑まれ、炊事洗濯以外で父親でも完遂可能な家事といえば、もはや、風呂掃除くらいしか残っていない。

敗北感を胸に、風呂掃除を黙々とこなす父親。

そこへ、先の「カラフルお風呂掃除シューズ」が颯爽と登場した。

世のお父さん方はこれに飛びついた。無機質で味気ない旧来のお風呂シ ューズには見向きもしなかった子_a041708供たちも、こぞってこの新型お風呂シューズを欲しがった。

そして、お父さんは我が子にこれを買い与え、親子で仲むつまじく風呂掃除をするようになった。

風呂掃除を介して親子のコミュニケーションが復活し、子供たちは、どんな高い場所でも悠々と掃除する父親を尊敬の眼差しで見つめる。

お父さんはこうしたエピソードを会社の同僚に聞かせることだろう。同じような父性の悩みを抱えていた同僚たちも、その話に触発されてカラフルお風呂シューズを購入する……こうしたサイクルが繰り返され、現在の爆発的大ヒットに至ったと推測される。

この新型お風呂シューズの画期的な_a051713ところは街中でも履けるという点で、この特性がなければここまでの大ヒットには至らなかったと思う。おかげで風呂場という閉鎖的空間を超えて人目に触れる機会が増えたわけだ。

一見すると、ポロシャツ、ジーンズ姿にお風呂シューズという組み合わせはミスマッチに思えるが、お父さんにとっては父親の威厳を回復させてくれた奇跡の靴である。ファッション性は二の次というところなのだろう。

そんなふうに考えながら「風呂掃除ルック」姿の親子を眺めていると、なんだか微笑ましい気分になってくる。

以上のようなことを嫁に話したら、その洞察はまったくもって的外れだと嘲_a041659 笑された。

なんでも、あの新型お風呂掃除シューズは「クロックス」という一種のサンダル履きらしい。

そうだったのか。

危うくまた、人前で珍論を展開して恥をかくところだった。

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今日で歯医者、最後だといいけど

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麻雀のお話

_7259755注意!

今回は「麻雀」を知らない人にとっては意味不明な内容となっておりますのでご容赦ください!

過日。

久しぶりに大学時代の友人が集まって我が家で麻雀をやった。学生時代は本当によくやった。文字通り、寝る間も惜しんでやっていたと思う。

麻雀を楽しむうえで足枷となるのは、地方ルールの多彩さである。

その最たるものが「ありあり」と「なし なし」であろう。麻雀を知らない人に_7259754は何の話だかさっぱり分からないと思うが。

一昔前までは「なしなし」が主流だったと記憶しているが、最近は「ありあり」が優勢のようだ。ネット麻雀やプロの対局も「ありあり」が基本だ。

究極的には好みの問題だと思う。で、私は断然「ありあり」ルールのほうが好き。

もっとも、中学時代に麻雀を始めた頃は「なしなし」で打っていた。が、高校に進学し、他校のメンバーと麻雀をする機会が増えていくにつれ、「ありあり」派に変わっていった。

_7259752んでかっつーと、「なしなし」の解釈は人によって違うからである。例えば、役牌同士のシャボ待ちでは「どっちの役牌であがるか“確定”していないからあがれない」と言われ、納得がいかなかったが、アウェーの立場だったのでチョンボ代を泣く泣く払ったりすることがあった。

こういった事態はゲーム中にたびたび起こって、そのつど、「これは待ちが変わるからあがれない云々」と難癖をつけられるのであって、ああ、こりゃもうアホらしいや、と思うようになって、以後、他校のメンバーと「なしなし」で遊ぶ場合、微妙な待ちのときは面倒だから全部リーチをかけるようになった。

これはルールの正誤の問題では_7269791ない。どっちのルールも場所とメンバーによっては「正しいルール」として存在するからである。

つまり、どっちの言い分も正しいので、いくら議論しても埒があかない。最終的にはホーム側のルールに合わせるしかない。

あとはやっぱ、「ありあり」のほうが戦略的に深みがあって面白いと思う。

「ありあり」なら、リーチをかけられても軽打狙いに切り替えることができる。むしろ、リーチがかかってからが本当の勝負とも言える。「なしなし」なら捨て局になりそうなひどい手牌でも粘りに粘ってケイテンに持ち込める可能性があるし、親が連チャンしていたらクイタンで蹴ることもできる。

私はこれを「戦略」と考えるが、「なしな_9271497し」派の人はこれを「邪道」と呼ぶことが多いように思う。

確かに、意味のない鳴きを連発する輩は邪道というか、無粋だと思うが、こういう打ち筋の人は最終的に負ける仕組みになっている。

要するに、鳴きに邪魔されずにじっくりと「読み合い」を楽しみたい人は「なしなし」を好むのだろうし、私のように、意味のある鳴きを絡めた「駆け引き」を楽しみたい人は「ありあり」を好むのだろう。

私はやっぱ、4人の個性がぶつかり合う「駆け引き」にこそ、麻雀の醍醐味があると思うんですけど。

まあ、本当に好みの問題なんで、優劣はつけられません。

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両方のルールに対応できるのがベストでしょうね

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ちび猫~ずとの暮らし with 動画

週末はちび猫~ずの動画で秋を感じてください。

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合流にて、心の独り歩き・後編

_9271532脳みそ3グラム兄ちゃんの運転する車は、前方の私の車と、後方の渋滞に挟まれていて、二進も三進もいかない状態にある。

となると、現状を打破する方法はひとつしかない。

私が下がるしかない。

考えてみれば、こんなに理不尽なことはない。_9271520

私はただ、合流のため、車列が途切れるのを無垢な心で待っていただけである。

そこへ脳みそ3グラム兄ちゃんが状況を配慮せずに左折してきて、半ば自爆ぎみに進退極まるやパニックを起こし、セダンの鼻先を狭いスペースにぐいぐい突っ込みつつ、「愛車を傷つけられたくなかったら、さっさと下がりやがれ、この三流翻_9271512訳者め」と脅迫してきているのである。

逆切れドライバー。誰だ、奴を鎖に繋いでおかなかったのは。

246上の渋滞はさらに長さを増している。ドライバーたちはきっと、無垢な心で待っていただけの私に対し、「お前がどかないと俺たちはいつまでたっても進めねえんだよ、ボケ」と苛立ち始めているに違いない。

知らないうちに私が悪者にされていく。咎めを負うべきは脳みそ3グラム兄ちゃんなのに_9281585

つい数分前まで楽しくロックンロールを歌っていた私は今、降って沸いたような苦境に追い詰められ、屈辱的な決断を迫られていた。

観念した。

私は悔しさを噛み殺して下がった。

脳みそ3グラム兄ちゃんの根拠のない強気によって、社会正義が覆された瞬間であった。

_9271485_2 私が下がると、兄ちゃんはひょろひょろと脇をすり抜けて、バハハーイと爽やかに走り去っていった。最後まで私と目を合わせようとしなかった。

いつの間にか246の渋滞も回復し、どのドライバーも水を得た魚のように我勝ちにぶっ飛ばしている。

車列が途切れる気配はこれっぽっちもなかった。

私はいつになったら合流できるのだろう。_9251380

そんな不安を胸に、私はまた、自棄ぎみに喉を振り絞ってロックンロールを歌い始めた。

サビのキーが高いなあ、と思った。

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合流にて、心の独り歩き・中編

_9271470車は左にウィンカーをパカパカさせながらぐんぐん近づいてくる。

私は、向こうがスピードを緩めるのを鶴首して待った。

が、そういう気配はない。

私は思った。そうか、ウィンカーを早く出しすぎたのだな。

というのも、この横道の50メートルほど先では、246から駅方面に向かう道が左に分岐している。だから、彼の_9271526曲がるべき道は私のいる横道ではなく、そっちのほうなんだろうと考えたのである。以前にも同様のケースがあった。

そういうことなら今、合流するわけにはいかない。事故っちゃうからね。

もう、うっかりさん。

私は少しはにかみながら、再びCDに合わせて歌い始めた。くだんの車が心持ちスピードを緩めて私の前を通過していく。

そのときである。

_9281584その車が突然、ハンドルを左に切ったのだ。そして車の鼻先を私の車の脇の狭いスペースにぐいぐい突っ込んできた。

どういうことだ。

私は戸惑った。この状態が進行すれば両者の衝突は避けられない。そんなことは免許を持っていない小学生でも一目瞭然である。

それなのに、このセダンはなおもぐいぐいと攻め入ってくる。どうしても無理を通そうと頑として譲らない。

今や、私の目の前は完全に銀色のセダンに塞がれ_9261408てしまった。これでは何年待っても合流できない。というか、前に進むことすら叶わない。

一体どんな輩が運転しているのか。

ドライバーの顔を見やった瞬間、あ、こりゃダメだわ、と脱力した。

脳みそが3グラムくらいしかなさそうな兄ちゃんがへらへら笑っていた。しかも、私の視線を避けて、助手席の身持ちの悪そうなアッパッパー女と談笑している。この状況下で。

_9271492おそらく、あの店のフジツボおいしかったね~、みたいな話でその場を取り繕っているのだろうが、白を切っても無駄である。

私と目を合わせることを拒むその態度こそ、この男が内心では、あ、やっちまったよ、オレ、と軽くパニくっているという何よりの証拠。

だが、可愛い彼女の手前、過ちを認めているオレ、弱いオレ、情けないオレは見せられない。いや、見せたくないのだ。

こうしている間にも、246上には渋滞が形成されつつある。

私は、まずいな、と思った。

続く……

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あれっ、なんか歯の詰め物が取れちゃった気がする

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