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2009年12月

今年も大晦日

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色んなことがあった一年だった。

そして世の中の色んな矛盾とも否応なしに向き合わされた一年でもあった。

ひとつ言えるのは、猫~ずを通じて、素敵な里親さんたちに巡り合えたということ。

そして皆さん、猫たちに、私たちに感謝の言葉を述べてくれている。

少なくとも人から喜ばれることをしているのだから、まあ、胸を張っていいことなんじゃないかな、と思う。

まったく関係ない話だが、メンツも集まってきたことだし、来年はもうちょっと精力的に麻雀にも取り組みたい。

さて、隣の寺で除夜の鐘でもついてくるかな。

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神も仏もありゃしないパラマウント

すっかり更新がPhoto滞っておりますが、どっこい生きておりますとら猫です。

とにかく、クリスマス。私も嫁に「ツインピークス」のボックスセットを買ってもらいました~。

「ツインピークス」はデビッド・リンチの大ファンだった兄の影響で、たぶん中学かその頃に初めて観たのですが、脳髄に稲妻を食らったような衝撃を受けたのを覚えております。

放送は確か夜中だったので、毎週欠かさずビデオに録画して。

このボックスセット、前から欲しかったんですけど、しがない翻訳者にとっては気軽に手を出せる額ではなく、長らく二の足を踏んでPc243530たんですね。なんで嬉しさも二倍、三倍。待ちに待った「ツインピークス」。一生もんですよ、これは。

で、青春時代の記憶よ甦れとばかりにDVDをセットし、わくわくしながら再生スタート。夢の中をたゆたうようなテーマソングにいざなわれ、数十年ぶりに「ツインピークス」の世界に浸っていたのでありましたが、

第八話~第十話を収録したDVDが映らない。

_c233521他のDVDは映るのにこれだけ映らない。パソコンでも再生できない。どうやっても観れない。おーまいがっ。

そりゃないぜ、パラマウントさんよう……これを観るために昼間、やりたくもない大掃除に励んだってのに、この報われぬ思いはどこへぶつければよいのか。

ぜあいずのーごっど。おーのー。

明日電話で鼓膜が破れるほど文句言ってやる。首洗って待ってろ、パラマウント。

ちなみに嫁は「ツインピークス」が苦手なようで、ソファで爆睡……。

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ビートルズ全曲収録の限定USB!

Photo かっちょいいな~、これ。

世界限定30000個発売。ビートルズの全214曲が、先に発売されたリマスター版よりも高音質で収録されているUSB。

しかし高いね。4万近くする。

即日完売かと思ったが、16日販売開始でまだこんな宣伝しているってことは、意外と数が捌けていないのかも。

でもマニアは買うでしょうね。

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トム&ハックの現況報告

手抜きですみませんが、トム&ハックの里親さんから新しい写真が届きました~。

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↑こっちがハック(元どんぐり)。確かにびんちゃんに似ている。

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そして去勢手術帰りのトム(元つくし)。すっかり油断してますね。

H211114_015粗相はしないんだろうか。なんか妙に心配だ。

H211211_021 エリザベスカラーがちょっと笑える。

みんな元気そうで何よりだな~。うむうむ。

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師走パラダイス

_c083203師走である。

毎年この時期になると、なぜか寂寥とした気分にさせられる。気がつくと今年一年を振り返っていて、鏡のなかの自分に反省の弁を述べている自分がいたりする。

だが、私のような翻訳者にとっては意外と便利な季節でもある。

なぜか。

師走は「師が走る」と書く。師匠ですら走ってしまうほど忙しい季節、というわけで、由来的には、この師匠というのは坊さんを指すらしいが、まあその_c083196 辺はウィキペディアで調べれば分かるので割愛させていただく。

大切なのは、師走のこの時期、外を走っている老人(男女を問わない) を見かけたら、その人は「師匠」であると断定してよい、という事実である。

これは凄いことだ。普段は前もって段取りをつけなければ会うことも難しいその道の重鎮たちが、こと師走に限っては、普通にその辺をあたふた走りまわっているのだ。師が走る師走ならではの光景であろう。

_c083190翻訳は地道なリサーチの積み重ねである。自分の得意分野ならまだしも、ときには不慣れな分野も、付け焼刃的に知識を習得して訳さなければならない。これがけっこう労力をつかう。

だが、師走なら、一歩外に出れば、その道のプロたちがすたこら走りまわっているのである。訊くは一時の恥、訊かぬは一生の恥。彼らに訊かない手はない。

インターネットで調べたら1時間かかることが1分でわかるのなら、一時の恥も喜んでかこうというもの。時間を有効に使えるし、余裕をもって作業ができれば翻訳の質も向上する。仕事も増える。万々歳。師走、サイコー。超ク_c083188 ール。マジやばくね、師走?

そう思って原稿と格闘していたら、ほーら、出てきた。専門用語。

普段なら憂鬱に襲われるこの瞬間も、師走ならへいちゃら。私は適当なフリースを身にまとうと、寒風ふきすさぶ冬の往来へさっそうと躍り出た。

が、誰も走っていない。え、どういうことですか。これって夢? ふざけんな、師走。しばくぞ。

_c083215_2 が、すぐに気づいた。

「師走」という言葉が生まれた昔とは違い、今は車社会である。目の前の道路をびゅんびゅんかっ飛ばしている車たち。今も昔も、師走の師匠が忙しいことに変わりはないが、現代の師匠は車で世間を走りまわっているのだ。

くそう、やられた。

翌日、風邪をひいた。師走を恨んだ。

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きゃべつをどんどん食べたい思い・後編

_c023113おかわり係の難しさは、サービスの本質と関わってくる。

サービスとはなんぞや。

客に愛想よく尽くすだけがサービスではない。闇雲なサービスは煩わしく野暮ったいだけで、かえって客の反感を買いかねない。

客に言われてから動くのは誰にでもできる。

本当に難しいのは客に何もさせずに動くことであり、私はそれこそが、究極_c023137 のサービスの礎となるべき概念であると考える。

おかわり係のケースなら、客に「きゃべつ、おかわり」と言われた時点でサービス的には負けなのである。

かかる事態を避けるため、おかわり係はどうすべきか。

まず、人がきゃべつを食べる速度というものを知っておくことが肝要であろう。

ただし、この速度には個人差があって、口の大きい人はそれだけきゃべつ_c053161 を食べるスピードも速いだろうし、口の小さい人なら逆に遅くなる。それ以外にも、噛むのが速い人・遅い人、虫歯があってきゃべつを噛みづらい人、インフルエンザ対策でマスクを着用している人、唇が妙にはれぼったい人、笑い上戸の人など、きゃべつを食べるペースに影響を及ぼすであろう要素はすべて把握し、それを念頭に置いておかなければなるまい。

そうした要素を加味して、フロア内のすべての客についてきゃべつを食べるスピードを算出する。さらに、その数値をもとに、あと何分何秒後にきゃべつが底を尽きるかテーブルごとに予測し、優先順位をつけ、テーブルをまわる順番を頭の中で綿密にシュミレートし、ベストのタイミングで始動しなければならないのだ。ああ、難しい。_c023138_2

また、おかわり係たるもの、自分が取り扱う商品であるきゃべつについても、熟知しておいて然るべきだろう。

鮮度がよく、しゃきしゃき感もばっちりなきゃべつは、そうでないものに比べて減りが早いはずだ。また、きゃべつの旨さはその甘みにあるが、甘みの強すぎるきゃべつはかえって敬遠される恐れがある。

きゃべつの生産地も知っておいて損はない。そういう情報で武装しておけば、例えば、今日のきゃべつは一味違うなあ、と感心した客に「このきゃべ_c053155 つ、どこで採れたの?」と訊かれても、あわてず騒がず「那須高原」とクールに答えればよいのだ。

しかも、上記のようなことを、みそ汁とご飯についてもやっておかねば務まらないのが、おかわり係という仕事なのである。

難しい、難しすぎる。

そんなことを考えていたら、いつの間にかきゃべつの皿がまた空になっていた。

だが、案ずるな、俺。きゃべつを補充して欲しいと強く念じさえすれば、あと_c023131 はおかわり係がその思いをキャッチし、何も言わずとも、きゃべつを補充してくれるはず。

ふふっ、勝った。

そう思って、きゃべつ来い、きゃべつ来い、きゃべつ、きゃべつ、きゃべつと耳から血がにじむほど念じたが、誰もテーブルにやってこなかった。

くそっ、二流め。

私は心のなかで毒づいた。

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きゃべつをどんどん食べたい思い・前編

_b283044過日。

結婚記念日ということで『さぼてん』を訪問した。

『さぼてん』は郊外のショッピングモールなどでよく見かける全国チェーンのとんかつ屋で、きゃべつ、みそ汁、ご飯がおかわり自由というお得感も手伝って、いつ行っても家族連れで賑わっている。

とにかく。

各々とんかつを注文し、テーブルで死んだふりをしていると、きゃべつを盛っ_b283083 た皿が先にやってきた。他の店ならいざしらず、ここは『さぼてん』である。きゃべつはいくら食べてもタダなので、俊敏にドレッシングをつかむと、うまい、うまいと貪りついた。夫婦ともども。

あっという間にきゃべつがなくなった。

当然、私は、きゃべつを補充してもらいたいな、と浅ましく思った。

すると、そういう私の胸の内を見透かし_b212992たかのように、ウェイトレスさんがすっとやってきて「きゃべつ、おかわりされますか」と訊いてきた。

私はちょっと照れながら、はい、と答えた。

ウェイトレスさんが厨房に引っ込み、その非の打ちどころのない補充のタイミングに感心していると、嫁が鋭く言った。

「給仕係とおかわり係が分かれているのよ」

ぴーん。なるほど。

つまり、きゃべつ、みそ汁、ご飯がおかわり自由というシステムを採用して_b283086 いる『さぼてん』では、従来の給仕係の他に、客のおかわりを一手に担う専用のスタッフがフロアに常駐しているわけである。実に合理的だ。

そこで私は愚考する。「給仕係」と「おかわり係」ではどちらのほうが技術を要するのだろうか、と。

一見、「給仕係」のほうが難しそうだ。私もやったことがあるが、料理がいくつも乗った盆を安定して持つのは意外とテクニックが要る。

が、少し洞察力を働かせてみれば、「_b212942おかわり係」のほうが難易度が高いのは一目瞭然である。

まず、「おかわり係」にはフロア全体を見渡す広い視野が求められる。客に言われてから「おかわりされますか」と尋ねているようでは、サービスとしては二流である。きゃべつを補充してもらいたがっている客の思いを汲みとり、さりげなくテーブルに接近し、客がその思いを口から発するよりも早く、だが、決して早すぎないタイミングで、「おかわりされますか」と尋ねなければならない。

これは簡単なようで、きわめて高度な気配りが要求されるサービスのテクニックである。

続く……

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