出し抜けシネマ論

映画『エスター』を鑑賞

Orphan無垢はときにナイフにもなる。

無垢。まっさらで汚れのない心。だが、イノセントとは、何も知らないということでもある。当然、人の痛みも知らない。子供が顔色ひとつ変えずに虫を踏み殺せてしまうのも、無邪気のなせる業であろう。

大人はそうした無垢の危うさを知っているが、それでも赦すしかない。

なぜって「子供のやることだから」だ。

この世において、子供は「無垢」という盾に護られているのである。_a112254

この盾は、子供が無意識に装備している渡世の道具だ。無垢な存在であるからこそ、人は子供を護りたくなる、慈しみたくなる。人間を含めた動物の赤ん坊がおしなべて愛くるしい姿をしているのは、大人の心に眠っている「子供かわいがりスイッチ」を押すための必然かもしれない。

「無垢」は堅牢な盾である。ほとんど無敵と言っていい。

_a112208モンスターペアレンツを筆頭とする狡猾な親たちはそのことをよく弁えていて、たとえ我が子が万引きを働こうとも、この盾の陰にささっと入り込むや、「うちの子がそんなことをするはずがないわっ」と言い放つ。この状況でさらに子供を責め続けるのは得策ではない。やがて子供を苛めているような気分にさせられ、「酷い人」扱いされてしまう恐れがある。

使いようによっては、かように危険な「無垢」の盾。

この盾を、当の子供たちに自在に使いこなされたとしたら、はっきりいって大人_a112198はいくら束になっても勝てないだろう。子供の純真を疑うことは、この世界では基本的にタブーだからである。そんなことをしたら人でなしと呼ばれる。

エスターはこの盾を自在に使いこなす。だから恐ろしい。

エスターが3人いたら、社会秩序は3日で崩壊するだろう。

久しぶりに「怖いなあ」と思える映画だった。特にロシアンルーレットのシーンの「Do you want to play?」の一言 には戦慄する。夢に見そう。

_9211247こけおどしの演出がちと多いのが煩いが、それでもサイコホラーとしての完成度は極めて高い。お子様が観たらトラウマになりそうな印象的なシーンも多い。

エスターの正体は監督がこの映画に与えた「救い」なのでは。あるいは倫理観を問われたときの逃げ道か。だとしたらクレバーな監督だ。

いずれにしても、「シャイニング」といい「ミザリー」といい、この手のホラーにはもの悲しくも美しい雪景色がよく似合う。

評価:★★★★☆(傑作!)

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怖いっす、エスター。

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グラン・トリノ

Photo_2観終わった瞬間、もう一度観たくなった。

心から惚れ込める映画というのは、一生のうちでもそうそう出会えるものではない。私だったら『ファーゴ』『天国と地獄』『ゾンビ』あたりがそういう映画になるが、『グラン・トリノ』が湧き上がらせる感情は、今まで観たどの映画とも違うものだった。

孫にすら心を開かない頑迷固陋な老人、ウォルトを演じるクリント・イーストウッドが言うまでもなく素晴らしい。つり上がる眉、波打つ皺、わななく頬。そうした何気ない仕草でもってウォルトの心境を余すところなく伝えてみせる。_4252344_2

ストーリーは映画の王道を行くものだ。隣に越してきたモン族の少年、タ オとの交流のなかで、ウォルトはその凍りついた心をゆっくりと溶かしていく。そこに現れるは地元のギャングたち。

ウォルトとギャングたちの対決は、ストーリーの必定である。観客は、やがて訪れるであろう悲劇の瞬間を覚悟しながらも、ウォルトとタオの微笑ましい交流を温かい目で見守っていく。

_4252337_2床屋の主人を交えて、タオに“男らしい”話し方を指導するシーンなどは、イーストウッドが楽屋で雑談しているような気安さに満ちていてとても可笑しい。

しかし、やはり悲劇は訪れる。

それまで目を背けてきた過去と向かい合ったウォルトは、おそらく何十年振りかですっきりと晴れ渡った心を胸に、対決へと向かう。

時間にしてわずか10分程度のクライマックス。が、『グラン・トリノ』はこの10_4252339_3 分と、その後のエンドロールのためにあると言っても過言ではない。

Photo_3この10分間、観客はイーストウッドの一挙手一投足から1秒たりとも目が離せない。人差し指をギャングに向けて1人づつ撃つ真似をするイートスウッド。ギャングに向かって「火を貸してくれ」とつぶやくイーストウッド。もはや悲劇は避けられないのに、その格好よさに痺れてしまう。

_4242302_2そして、青空の下、ウォルトが愛したグラン・トリノを清々しい顔で運転するタオをバックに、儚くも美しいエンディングテーマ曲が流れるエンドロール。

おそらく私は、少なくともあと2回は『グラン・トリノ』を観ることになる。

1度目は親が老いたときに、2度目は自分が老いたときに。

いつも自分の手元に置いておきたい宝物のような作品である。

評価:★★★★★+α

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赤い工具箱は命を救う

Photo_2ほんの暇つぶしがてら、『ナインハーフ』で有名なキム・ベイシンガー主演の新作サスペンス、『アライブ』を観た。

暴力的なろくでもない夫に怯える子持ちの主婦(ベイシンガー)が、ショッピングセンターに立ち寄った帰りしな、殺人の現場を目撃し、口封じを狙うチンピラどもに追われる、というストーリー。

設定に目新しさはなく、追われる側の主婦がやがて逆襲に転じるというストーリー展開もありがちだ。

それだけに、よほど強烈なプラスアルファがな_4131360_2いと、この手の映画は特徴のない凡慮な作品として、ツタヤのサスペンスコーナーの片隅でひっそりと埃をかぶって朽ちていくことになる。

では、この『アライブ』はどうか。

結論から言うと、意外と楽しめた。

それも一重に、赤い「工具箱」に因るところが大きい。

主婦は話の流れから、車に積んでいた赤い「工具箱」を抱えてチンピラから逃げるわけだが、この箱に_4121345入っている工具が逆襲の道具として大活躍するのだ。

スパナ、クランク、ドライバー。

主婦はこれらの工具を駆使して、ジェイソンも斯くやというえぐい手口でチンピラどもを血祭りにあげていく。その豹変ぶりが楽しい。

それにしても、チンピラどもが弱すぎる。タフぶってひたすら追うだけで、ブチ切れた主婦に対して何の策も講じない。しまいには死んだ仲間を追悼するダンスを踊ったりする。_4131369

当然のごとく、次々と主婦の餌食になっていく。

後半になると、ストーリーの興味は、次はこのドラえもんの四次元ポケットのような魔法の工具箱からどんな工具が繰り出されるのかという一点に集約される。

そんな観客の想いを汲んでか、主婦はどんなに追い詰められても、決してこの赤い工具箱だけは手放さない。すばらしい執念である。

_4131373_2最後のオチも途中で読めてしまうし、二度観ようとは思わないが、ツタヤのレンタル料金ぶんは充分に楽しませてくれる佳作。私はけっこう好き。

皆さん、万が一に備えて、マイカーには工具箱を積んでおきましょう。色はもちろん「赤」で。

評価:★★★

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チェンジリング

Photoこれが八十近い老人の撮る映画だろうか。

あの黒沢明でさえ、晩年に差しかかるにつれて、力強い映像が撮れなくなっていったが、イーストウッドはちがう。進歩をやめない。

おそらく、今のイーストウッドには、表現したいこと、発信したいことが、脳内に溢れているのだ。そして、それらを映像化して伝えられるだけの技術も想像力も持っている。

同時に、寄る年波には勝てないことも理解しているにちがいない。

ただし、それは年齢的な衰えに対する恐れではなく、なにかをやり残したまま死んでいくことへの恐れだImg_3271と思う。

がため、近年のイーストウッド作品はどれも長い。「硫黄島二部作」などは、もともと一本の映画だったものを、それではすべてを伝えきれないからと、二部作に変更したほどだ。

今のイーストウッドは、自分に残されたわずかな時間を割いて作る一本の映画に、できるだけ多くの想いを詰め込もうとしているのだろう。

『チェンジリング』からも、そんなイーストウッドの想いがひしひしと伝わってくImg_3370 る。『ミリオンダラー・ベイビー』は、サクセスストーリーと底なしの悲劇という二つの相反する要素がみごとに溶け合った傑作だったが、『チェンジリング』の内容の濃さはそれを遥かに超えている。

詰め込みすぎ、と評されても納得できるほど。

『チェンジリング』には大まかに分けて、ヒューマンドラマ、猟奇サスペンス、社会派ドラマという三つの側面があると思う。イーストウッドの才能と技術をもってすれば、これらの題材を巧みに料理して、三つの異なる傑作を生みだすことも可能だったろう。Img_3506 『チェンジリング』は二時間半に及ぶ大作だが、もっと短い作品になっていてもおかしくない。普通の映画ならここでフィナーレを迎えるのではないか、というポイントが多々ある。

が、イーストウッドはそこで映画を終わらせなかった。いや、終わらせたくなかった。『チェンジリング』に込めた想いを、細大漏らさず伝えるためにも。

それにしても、これだけベクトルの異なる三つのストーリーをシームレスに一本の映画にまとめ上げてしまうイーストウッドの力量たるや、すさまじい。Img_3487 神がかっている。

ひとつ気になるとすれば、「希望」の持たせ方だろうか。イーストウッドにしてはきわめてありがちな、月並みな方法で「希望」を与えている。

もっとも、これだけ常軌を逸した「真実の物語」を突き付けられる『チェンジリング』においては、むしろ、あのくらい素朴な「希望」のほうがふさわしいのかもしれない。

実際、ラストシーンのアンジェリーナ・ジョリーの晴れやかな笑顔を見て、私も救われたような気分になったのだから。

四月公開予定の新作、「グラン・トリノ」も期待できそうだ。イーストウッド爺ちゃんには、できるだけ多くの映画を撮ってもらいたいと切に願う。

評価:★★★★★

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チェ・28歳の革命/39歳 別れの手紙

格好いいなあ、チェ・ゲバラ。

なにChe_2しろ、信念がみじんも揺るがない。キューバで革命を成し遂げておきながら、その成功に満足することなく国を飛び出し、ボリビアでまた革命運動に身を投じる… こんな行動や発想ができる人間は、後にも先にもゲバラくらいなもんだろう。

蓋し、革命の伝道師である。

厳格なゲバラは己にも仲間にも厳しい。少数精鋭のゲリラ部隊において、規律は絶対であり、裏切りは許されない。信頼関係にわずかな綻びが生じれば、戦場では死を招くからだ。だからこそ、ゲバラは同胞たちを家族のように扱い、どんなに不利な状況にあっても決して仲間を見捨てはしない。

裏切り者は処刑される。Img_1852

そのことを隠しもせず、各国の代表を前にした国連の檀上で堂々と言い切ってしまうところが潔い。信念のなせるわざである。

ゲバラは、自分は救いようのない理想主義者だという。

そうなのだ。理想は高く掲げてナンボなのだ。最初から諦めてしまっては何一つ成し遂げられない。行動しなければ何も変えられやしない。

Img_2663の世の中、理想を語ろうものなら笑い飛ばされ、どんなに私心がなくとも、善をなそうとすれば偽善者の烙印を押される。事なかれ主義で多数派に迎合して生きていくのが美徳とされる。

偽善だって善じゃないか。善をなさないよりはマシだと思う。文句を垂れるだけで行動しないよりは。

ゲバラはそうした偏見と闘い、そして勝った。キュImg_2872ーバ革命というとてつもない理想を実現してみせた。

キューバ革命の是非はさておき、ゲバラという男の行動力と実践力は見習いたいものだ。

ちなみに、「眼で妊娠させる男」ベニチオ・デル・トロは中村雅俊に似ていると思う。古谷一行という説もあるが。

評価:★★★★

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クロールスペース

出し抜けシネマ論⑭~変態オリンピック開催~

Photo_3クロールスペース。

腹這いにならないと進めないような狭い空間、の意。例示するとエアダクトとか、屋根裏とか、まあ、鼠がちょろちょろしているような陰気な場所。

さて、この映画。しゃらくさい野郎どもには取りつく島もなく門前払いをくらわせ、若いぴちぴちギャルだけに部屋を賃貸しするという変態スケベ大家の活躍?を描いた、猟奇サスペンス。

この変態大家に扮するのが、『キャットピープル』で妖艶な黒豹と化したあのナスターシャ・キンスキーのオヤジにして希代の変態俳優、クラウス・キンスキーときたら、これはもう出来レースも同然なわけで、映画はもう、彼のファンにはたまらない、クラウス・キンスキーの独壇場。長いキImg_1400ャリアのなかで培ってきた変態演技の最高峰と呼ぶにふさわしい、常軌を逸した変態ぶりをノンストップかつハイテンションに余すところなく見せつけてくれる。

ストーリーはあってなきに等しい。狭苦しいエアダクトを自衛隊よろしくほふく前進で進みながら、店子の姉ちゃんたちの暮らしをのぞき見しつつ、あの手この手で衆生を殺めていくキンスキーの悪ノリ、いや、素の演技を無心で楽しむべき映画。

Img_1406この大家、掛け値なしの変態だが、のぞきの手法にはこだわっている。手元のスイッチを押すと部屋の壁がぱかんと開いて、そこから鼠がちょろっと飛び出しすや、姉ちゃんきゃーきゃー大騒ぎ。それを見て、してやったりとほくそ笑んだり。

このスイッチ、ボタンが何個もついているので、映画では紹介されないが、他にどんな罠が仕掛けられているのか興味は尽きない。

殺しの小道具(自作)も凝っていて、なんだか微妙なやつも多いのだが、Img_1410 哀れな子羊たちは変態大家の変態オーラに導かれるがごとく、あれよあれよとショボイ装置の犠牲となっていく。

が、なんといっても最強のひみつ道具は、クライマックスのエアダクト内での追いかけっこシーンで満を持して登場する、「エアダクト内高速移動用台車」だろう。これに乗ったキンスキーったら、もう、速い速い。姉ちゃんも殺されてはたまらんと必死で這いつくばって逃げるが、ちょっと勝負にならないね、ありゃ。

いや、堪能しました、キンスキーどの。あなたは偉い。変態演技の金メダルを差し上げましょう。

評価:★★★☆

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クローバーフィールド

出し抜けシネマ論⑬~壮絶なる肩すかし~

Photo思うに、こういった「ハンディカム撮影による実録ものフィクション」のジャンルの走りとなったのは「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」でしょう。あっちは悪魔臭漂う禍々しい森に迷い込んだ若者たちのお話でしたが、「クローバー・フィールド」はいかにもアメリカ的な、大きいことはいいことだという信念に基づいたスケールの大きなお話。

それにしても、この映画、宣伝で客の期待感を煽りましたね~。頭部がもげてしまった自由の女神が印象的な、タイトルを明らかにしない謎めいた予告編といい、封切りまえの映画館は「クローバー・フィールド」の意匠を凝らした看板がごろごろ転がっておりました。

まあ、映画だってビジネスですから。こういった戦略もアリでしょう。Img_1239

映画が面白ければ、ですが。

「クローバー・フィールド」に関して言えば、盛り上げるだけ盛り上げておいて、肝心の内容がしょぼかったという悲しい結果に終わっております。出し惜しみしたくせにそんなもんですか、と突っ込みたくなる。

まずもって、これは私の大好きなモンスター映画なんですが、モンスター映画はモンスターが主役。Img_1260エイリアンしかり、ゴジラしかり、遊星からの物体Xしかり。魅力的なモンスターが映画をさらなる次元に昇華させるわけですね。

その点、この映画のメインディッシュたる怪物くんは落第点もいいところ。なんでも監督は、「アメリカにもゴジラのように愛されるモンスターを!」という熱い想いを込めてこの映画を撮ったようですが、完全に気合いがからから空回り~(by 長渕)。

モンスターの魅力が乏しいというのは、こうしたジャンルでは致命的。その時点で終わりです。質Img_1262感がいかにもCGだし、デザインも子供の落書きのほうがマシというレベル。想像力なさすぎ。魅力、ゼロ。この監督、怪獣映画のなんたるかを本当に分かってるんでしょうか? ゴジラの足元にも及びませんわ。

「REC」もひどかったし、このジャンルはこいつで見納めかしら。

評価:★

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処刑軍団ザップ

出し抜けシネマ論⑫~もたつきの美学~

Photo『処刑軍団ザップ』を観ました。

ウッドストックの興奮冷めやらぬ1970年、虹色の花が咲き乱れるサイケとヒッピーの時代後期に生み出された、観る者すべてを唸らせる、あるいは呆然とさせる強力なカルト映画です。

しかし、この邦題。原題とまったくもって違う。いったいどこから引っ張ってきたんだか。素敵だ。

ストーリーをざっと紹介。

悪魔崇拝にどっぷりと浸かった男女混合のヒッピー集団。ヒッピーの例に漏れず、オンボロバスで全米各地を転々とする彼らだが、ふとしたことからバスが大破(仲間のひとりが車内で寝ているのに、自分たちでキャーキャー言いながら盛り上がりまくって谷底に転落させた)し、仕方なく、近くの寒村に数日逗留する。その村で彼らはヴァンダライズのかぎりを尽くすが、ひとりの少年のイマジネーションに富んだ復讐によって狂犬病と化し、さら080705_121701に凶暴化して村人たちを襲う……

と、こんな感じですが、悪魔崇拝的な要素は、冒頭部でおどろおどろしく描かれる割には、ほとんどストーリーに関わってきません。ヒッピーだから悪魔くらい崇拝したっていいじゃん、ってなノリですね。

それにしても凶暴なヒッピーたち。廃墟に巣くうネズミを追いかけまわし、これを食らう。さらには村の平和を守るためアジトに乗り込んできた爺ちゃんを、目を剥き、嬉々として笑いながら、容赦なくボコボコにする。老人いじめですね。

これに激怒したのが、愛する爺ちゃんを袋にされた少年。獣医の孫として動物の生態に詳しい彼は、森に迷い込んだ狂犬病の犬の血を採取し、これをばミートパイに混ぜ込んでヒッピーたちに食べさせるという、大胆な発想に基づく復讐を実行するのです。

09160001後半はほとんど、狂人と化したヒッピーや狂犬病をうつされた村人たちが口から泡を吹き、白目を剥き、奇声を発しながら、どうにもぱっとしない主要キャラたちを追いかけまわすシーンばかり。

意外なところでは、狂ったヒッピー同士が青空の下、サーベルと斧を手に対決する、なんて展開も。

それにしても、もたつきますね。演技、カメラワーク、展開、すべてがもたつきます。音楽もヘンだ。

その中でも、特にもたつくのが、復讐を遂げる少年。

勇ましい効果音が華々しく鳴って、ライフルを手にヒッピーどもを蹴散らしに向かおうとするとも、なかなか弾丸が込められない。ぎこちない手つきで、もたもた、もたもた、もたもた。効果音が鳴ってから数十秒、カメラはこのもたつき具合をノーカットで余すところなく映し出してくれます。

もう少しで『ゾンビ』になれたかもしれない、惜しいカルト映画。でも好き。

評価:★★★

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ハプニング

出し抜けシネマ論⑪~インドな味つけ~

Photo『ハプニング』を鑑賞。

どんなシネマを撮っても未だに『シックスセンス』の! という冠がついてしまう、ちょっと悲しいシャマラン氏の最新作。

ちなみに、私は好きです、シャマラン氏。じつは、私のシャマラン初体験は『シックスセンス』ではなく『アンブレイカブル』。『シックスセンス』は公開当時、世間が一丸となって盛り上がっていた感があったので、あまのじゃくな私はスルー。観たのはシャマラン氏が不遇時代に入ってから。

『アンブレイカブル』はレンタルで観ましたが、ふ~ん、という程度の感想しか持ちませんでした。

シャマランに目覚めたのは、なんといっても、『サイン』でしょう。これにはガImg_0797ツンとやられました、衝撃を受けました。きわめて胡散臭い題材を扱っておきながら、ストーリーの根底には家族愛が脈々と流れ、しかも、あのエイリアンのデザイン。いや、すごい。奇跡の珍品ですね。

『サイン』以降の作品は、シャマラン節がこれでもかと炸裂する、『シックスセンス』で獲得したファンを次々とおいてけぼりにしていくという強力なもので、例えるなら、そう、踏み絵。世間のシャマラン離れが急激に進んだのもこの時代でしょう。

そういうわけで一般的にはこてんぱんに扱き下ろされている『ヴィレッジ』も『レディ・イン・ザ・ウォーター』も、私は意外と好きだったりします。エスプリのきいたセリフも癖になる。

Img_0900なんだかんだいっても独創的。今回の『ハプニング』は、もはや完全に我が道を爆走しているシャマランワールドを堪能できる、貫禄のというか、腰のすわった作品。こういう癖のあるシネマを撮れる人、なかなかいないですよ。

それと、出たがりなんだな。『レディ・イン・ザ・ウォーター』では準主役級の扱いでスクリーンを闊歩していましたので、さすがに反省したのか、友達に諭されたのか、『ハプニング』での出演はちょこっとだけ。

肝心の内容については、これはもう、どこを切ってもシャマラン風スパイスでこってりと調味されているので、好きな人は何杯でも食べられてしまうでしょう。

上映終了後、「なんだこりゃ~!」と絶叫した若者がいましたが、まあ、気持はわからないでもない。

ただね、シャマラン作品だもの。『シックスセンス』的などんでん返しを期待するのはもうやめにして、氏だけが持つ個性をじっくりと味わうのが吉。

評価:★★★☆

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REC

出し抜けシネマ論⑩~もっと冷静になりましょう~

Rec『REC』を観ました。

最近流行り……かどうかはわかりませんが、ハンディカメラを使ったドキュメンタリータッチのホラー作品です。スペイン映画なのですが、本国では封切り時に失神者が続出したという、まあホラー映画にありがちな触れ込みに誘われて、過酷な仕事のスケジュールの合間に息抜きがてら近くのららぽーとまで足を伸ばしたのですが……

これが近年稀に見る失敗作!

ホラー映画に関しては評価が甘くなるという噂の私でも、この映画はちょっと酷いんじゃないかと言わざるを得ません。

まずもって音がでかすぎ! これって本当に監督が意図したこの映画本来の音量レベルなんでしょうか? 映画館の音響設備が音割れを起こすほどの爆音だったので、映写室のスタッフの手違いかと真剣に思いました。

そのうえ主人公のリポーターのお姉さんが興奮しやすいたちで、金属質なキンキン声できImg_0329ゃーきゃー喚くものですからたまったものではありません。ストーリーを楽しむまえにこのお姉さんの絶叫ショーで、始まって数十分後にノックアウト。私の感情メーターは飽和してしまい、それ以降どんなショッキングなシーンが出てこようが虚ろな心かつ醒めた目で淡々とスクリーンを眺めるのみ。

久しぶりに中座したいと思いました。

惹かれるアイデアは盛りだくさんなんですけど。密閉された古アパートという舞台設定なんて素敵ですし、暗闇を這いずりまわるImg_0340シーンも緊迫感があっておっかないと思いますよ。

しかし! やはりこの絶叫パーティには耐えられません。このせいで映画にすらなっておらず、ほとんど拷問に近い。

なんでこんなにうるさいんだろうと訝りながらなんとか完走しましたが、エンドロールで流れた楽曲を聴いて納得。図ったようにけたたましいだけのヘビィメタル。

うるさいのが好きなんですね、この監督さん。

評価:☆

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