猫のつぶやき

ビートルズ全曲収録の限定USB!

Photo かっちょいいな~、これ。

世界限定30000個発売。ビートルズの全214曲が、先に発売されたリマスター版よりも高音質で収録されているUSB。

しかし高いね。4万近くする。

即日完売かと思ったが、16日販売開始でまだこんな宣伝しているってことは、意外と数が捌けていないのかも。

でもマニアは買うでしょうね。

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師走パラダイス

_c083203師走である。

毎年この時期になると、なぜか寂寥とした気分にさせられる。気がつくと今年一年を振り返っていて、鏡のなかの自分に反省の弁を述べている自分がいたりする。

だが、私のような翻訳者にとっては意外と便利な季節でもある。

なぜか。

師走は「師が走る」と書く。師匠ですら走ってしまうほど忙しい季節、というわけで、由来的には、この師匠というのは坊さんを指すらしいが、まあその_c083196 辺はウィキペディアで調べれば分かるので割愛させていただく。

大切なのは、師走のこの時期、外を走っている老人(男女を問わない) を見かけたら、その人は「師匠」であると断定してよい、という事実である。

これは凄いことだ。普段は前もって段取りをつけなければ会うことも難しいその道の重鎮たちが、こと師走に限っては、普通にその辺をあたふた走りまわっているのだ。師が走る師走ならではの光景であろう。

_c083190翻訳は地道なリサーチの積み重ねである。自分の得意分野ならまだしも、ときには不慣れな分野も、付け焼刃的に知識を習得して訳さなければならない。これがけっこう労力をつかう。

だが、師走なら、一歩外に出れば、その道のプロたちがすたこら走りまわっているのである。訊くは一時の恥、訊かぬは一生の恥。彼らに訊かない手はない。

インターネットで調べたら1時間かかることが1分でわかるのなら、一時の恥も喜んでかこうというもの。時間を有効に使えるし、余裕をもって作業ができれば翻訳の質も向上する。仕事も増える。万々歳。師走、サイコー。超ク_c083188 ール。マジやばくね、師走?

そう思って原稿と格闘していたら、ほーら、出てきた。専門用語。

普段なら憂鬱に襲われるこの瞬間も、師走ならへいちゃら。私は適当なフリースを身にまとうと、寒風ふきすさぶ冬の往来へさっそうと躍り出た。

が、誰も走っていない。え、どういうことですか。これって夢? ふざけんな、師走。しばくぞ。

_c083215_2 が、すぐに気づいた。

「師走」という言葉が生まれた昔とは違い、今は車社会である。目の前の道路をびゅんびゅんかっ飛ばしている車たち。今も昔も、師走の師匠が忙しいことに変わりはないが、現代の師匠は車で世間を走りまわっているのだ。

くそう、やられた。

翌日、風邪をひいた。師走を恨んだ。

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きゃべつをどんどん食べたい思い・後編

_c023113おかわり係の難しさは、サービスの本質と関わってくる。

サービスとはなんぞや。

客に愛想よく尽くすだけがサービスではない。闇雲なサービスは煩わしく野暮ったいだけで、かえって客の反感を買いかねない。

客に言われてから動くのは誰にでもできる。

本当に難しいのは客に何もさせずに動くことであり、私はそれこそが、究極_c023137 のサービスの礎となるべき概念であると考える。

おかわり係のケースなら、客に「きゃべつ、おかわり」と言われた時点でサービス的には負けなのである。

かかる事態を避けるため、おかわり係はどうすべきか。

まず、人がきゃべつを食べる速度というものを知っておくことが肝要であろう。

ただし、この速度には個人差があって、口の大きい人はそれだけきゃべつ_c053161 を食べるスピードも速いだろうし、口の小さい人なら逆に遅くなる。それ以外にも、噛むのが速い人・遅い人、虫歯があってきゃべつを噛みづらい人、インフルエンザ対策でマスクを着用している人、唇が妙にはれぼったい人、笑い上戸の人など、きゃべつを食べるペースに影響を及ぼすであろう要素はすべて把握し、それを念頭に置いておかなければなるまい。

そうした要素を加味して、フロア内のすべての客についてきゃべつを食べるスピードを算出する。さらに、その数値をもとに、あと何分何秒後にきゃべつが底を尽きるかテーブルごとに予測し、優先順位をつけ、テーブルをまわる順番を頭の中で綿密にシュミレートし、ベストのタイミングで始動しなければならないのだ。ああ、難しい。_c023138_2

また、おかわり係たるもの、自分が取り扱う商品であるきゃべつについても、熟知しておいて然るべきだろう。

鮮度がよく、しゃきしゃき感もばっちりなきゃべつは、そうでないものに比べて減りが早いはずだ。また、きゃべつの旨さはその甘みにあるが、甘みの強すぎるきゃべつはかえって敬遠される恐れがある。

きゃべつの生産地も知っておいて損はない。そういう情報で武装しておけば、例えば、今日のきゃべつは一味違うなあ、と感心した客に「このきゃべ_c053155 つ、どこで採れたの?」と訊かれても、あわてず騒がず「那須高原」とクールに答えればよいのだ。

しかも、上記のようなことを、みそ汁とご飯についてもやっておかねば務まらないのが、おかわり係という仕事なのである。

難しい、難しすぎる。

そんなことを考えていたら、いつの間にかきゃべつの皿がまた空になっていた。

だが、案ずるな、俺。きゃべつを補充して欲しいと強く念じさえすれば、あと_c023131 はおかわり係がその思いをキャッチし、何も言わずとも、きゃべつを補充してくれるはず。

ふふっ、勝った。

そう思って、きゃべつ来い、きゃべつ来い、きゃべつ、きゃべつ、きゃべつと耳から血がにじむほど念じたが、誰もテーブルにやってこなかった。

くそっ、二流め。

私は心のなかで毒づいた。

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きゃべつをどんどん食べたい思い・前編

_b283044過日。

結婚記念日ということで『さぼてん』を訪問した。

『さぼてん』は郊外のショッピングモールなどでよく見かける全国チェーンのとんかつ屋で、きゃべつ、みそ汁、ご飯がおかわり自由というお得感も手伝って、いつ行っても家族連れで賑わっている。

とにかく。

各々とんかつを注文し、テーブルで死んだふりをしていると、きゃべつを盛っ_b283083 た皿が先にやってきた。他の店ならいざしらず、ここは『さぼてん』である。きゃべつはいくら食べてもタダなので、俊敏にドレッシングをつかむと、うまい、うまいと貪りついた。夫婦ともども。

あっという間にきゃべつがなくなった。

当然、私は、きゃべつを補充してもらいたいな、と浅ましく思った。

すると、そういう私の胸の内を見透かし_b212992たかのように、ウェイトレスさんがすっとやってきて「きゃべつ、おかわりされますか」と訊いてきた。

私はちょっと照れながら、はい、と答えた。

ウェイトレスさんが厨房に引っ込み、その非の打ちどころのない補充のタイミングに感心していると、嫁が鋭く言った。

「給仕係とおかわり係が分かれているのよ」

ぴーん。なるほど。

つまり、きゃべつ、みそ汁、ご飯がおかわり自由というシステムを採用して_b283086 いる『さぼてん』では、従来の給仕係の他に、客のおかわりを一手に担う専用のスタッフがフロアに常駐しているわけである。実に合理的だ。

そこで私は愚考する。「給仕係」と「おかわり係」ではどちらのほうが技術を要するのだろうか、と。

一見、「給仕係」のほうが難しそうだ。私もやったことがあるが、料理がいくつも乗った盆を安定して持つのは意外とテクニックが要る。

が、少し洞察力を働かせてみれば、「_b212942おかわり係」のほうが難易度が高いのは一目瞭然である。

まず、「おかわり係」にはフロア全体を見渡す広い視野が求められる。客に言われてから「おかわりされますか」と尋ねているようでは、サービスとしては二流である。きゃべつを補充してもらいたがっている客の思いを汲みとり、さりげなくテーブルに接近し、客がその思いを口から発するよりも早く、だが、決して早すぎないタイミングで、「おかわりされますか」と尋ねなければならない。

これは簡単なようで、きわめて高度な気配りが要求されるサービスのテクニックである。

続く……

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オー、極楽浄土!

_b223016最近じゃペット専用の棺桶なんてものもあるようで、それはまあそれでいいんじゃないのと思うわけだが、それにしても。

ペットの棺桶に「Oh, heaven!」と書いてあるのってどうなんだろう。

これっていわば「オー、極楽浄土!」とか「オー、仏陀!」とか「オー、空!」とか書いてあるのと変わらないわけで、それってどうなの、お客さん。

もし仮に私が愛するペットの臨終_b212959の場で「Oh, heaven!」なんて書いてある棺桶 を粛々と差し出されたら、へたすると噴き出してしまうだろう。だって呑気すぎるもの、「oh, heaven!」だなんて。サザンの曲のタイトルかっつーの。

そんなことを思った。

なんとかしてくれ、オー、仏陀。

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悲しみのピーナッツバター

_b212922我が家の朝は洋パンにピーナッツバターが定番だが、そのピーナッツバターには一般的に「なめらかタイプ」と「粗挽きタイプ」の2種類がある。

私が好きなのは断然「なめらかタイプ」である。

そう言ったそばからなんだが、批判を恐れずに告白すると、「粗挽きタイプ」に夢中になっていた時期もあった。青かった。

というのも、ピーナッツバターに「粗挽きタイプ」があると知らなかっ_b202891た無知な私は、初めて食卓にあがった「粗挽きタイプ」に衝撃を受け、そのなめらかさとクリスピーさの混在する摩訶不思議な食感の虜になってしまったのである。

が、すぐに冷めた。

なんでかっつーと、悲しくなったからである。

ピーナッツバターの基本はやはり「なめらかタイプ」であろう。卵が先か鶏が先かの論争ではないが、ことピーナッツバターに関しては、「なめら_b212924 かタイプ」が先に在り、その後、「なめらかタイプ」のアレンジ版、亜流として「粗挽きタイプ」が売られるようになったと推測される。

この事実がどんなに悲劇的かということは、ピーナッツバター「粗挽きタイプ」の気持ちになって考えてみるとよくわかる。

詰まるところ、ピーナッツバター的には、やはりその道の王道たる「なめらかタイプ」になりたい、そこを目標にがんばっているわけで、そんななか、なめらかになりきれていない「粗挽きタイプ」の烙印を押されるのは屈辱的であろう。ピーナッツバターの_b202895本懐を遂げられていなっいつーかね。

そんな半端な気持ちでスーパーの棚に陳列されるのは、私がピーナッツバターだったら叫びたくなるほど悔しいし、こんな半端なおいらを買ってくれるな、とお客さんに対してもネガティブな気持ちになってしまい、おそらく賞味期限の3週間前に腐る。

なめらかに。俺はもっとなめらかになりたいんだ。

そんなピーナッツバター「粗挽きタイプ」の悲痛の叫びが聞こえてくるように_b212998 なった私は、食卓でいたたまれない気持ちになって、「粗挽きタイプ」が食べられなくなってしまったのである。

彼らの苦悩をわかっていながら、「大丈夫、君はがんばってる。今でも充分なめらかじゃないか」と励ましてやることしかできない自分の無力さが歯がゆい。つらい。悲しい。

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中国文化研究のこと

_b132858麻雀はおもしろい。

ただ、やっぱ、ナシナシはまあ個人の好みの問題ってことで折り合えるが、一発賞の比重が大きいルールには馴染めん。納得がいかん。あと赤ウーピン。裏ドラ賞とかは論外。

だって麻雀ってゲームの本質が変わっちゃうでしょ。

赤いのはドラだから、どうしてもその近辺の牌が高くなる。これ必然。

一発賞にしたって、一発ヅモは一_b162860翻つくわけで、すでにおまけをもらっているのになんでそんなに重んぜられるのか、ちやほやされるのか。

余計なルールを追加せずとも、麻雀というゲームにおける運と技術のバランスは絶妙に保たれているわけで、わざわざそのバランスを壊すかのようなルールは解せんなあ。

我が家ではアリアリ(たまにナシナシ)、余計なルールはいっさい排除でお願いします。

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タイトル変更のお知らせ

お知らせ

誠に勝手ながら、本日付けで、「トランスレーション猫」は「トランスレーション猫_6268219s」にタイトルを変更いたしました。

言い訳がましくなりますが、決してエッセイを書くのが面倒臭くなったのではなく、ブログの更新を優先させたいなと思ったからでして、というのも、エッセイを書きだすとけっこう細部にこだわってしまい仕事が捗らんという事情もありまして、載せたい写真も溜まっておりますし、とにかくまあ、もうちょっと気軽に続けていきましょうや、兄さん、というか、そういう所存です。

そういうわけで今後ともよろしくお願いします。

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ラーメンの恨みは時を超えて

_a262649先日、母と話をして驚いた。

母がえらい昔のこと、それも比較的どうでもいい、私と一緒にラーメン屋に行ったときのことを鮮明に覚えていたからである。

とはいえ、あのときのことは私も覚えている。

当時、大学生で千葉に下宿していた私は、久しぶりに帰った実家で、母になんか食いたいもんがあるかと訊かれたので、前々から「神奈川のラーメン繁盛店」というガイドブックで目をつけていたラーメン屋さんに行くことにしたのだ。むろん、母のおごりで。Pa252593

車で店について慄然とした。

店の風貌がほったて小屋、戦後のバラックのようで、いかにも流行っていなさそうな雰囲気がぷんぷん漂っていたからである。

しかも、駐車場がやたら広かった。

大型トレーラーが何台でも停められそうな広大な敷地に、ぽつんとプレハブ式のラーメン屋が建っているその構図は、駐車場つきのラーメン屋というよりもラーメン屋つきの駐車場と呼んだPa252613ほうがふさわしく、一見して異様だった。

さりとてガイドブックで繁盛店と太鼓判を押されている店である。ラーメン屋は中身で勝負だ。

そう思って中に入ってみると、やっぱり客は私たちだけだった。ほの暗い明かりに浮かぶ、店主らしき男の疲れた笑み。

肝心のラーメンも店主の無気力が伝染したような空虚な味で、麺もぐにゃぐにゃに萎えてしまっていてまったく腰がない。底なしのまずさだった。_a242584

と、私はまあ、このときの記憶を、「ラーメン本の言うことを信じるべからず」という教訓になったなあという程度にしか捉えていなかったのだが、自らの懐を痛めてラーメンをおごった母の恨みは深かった。

何かの拍子にラーメンの話題になったとたん、そのときの恨みを実に十数年越しに、堰を切ったようにぶちまけ始めたからである。で、私は冒頭に言ったように驚いたのだった。

このラーメン屋、今ではつぶれて更地になっているそうな。合掌。

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食いもんの恨みは本当に恐ろしかった、ぽちっ

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巷で流行りの「風呂掃除ルック」

_9281579流行とはげに予想がつかないものである。

例えば昨今は「風呂掃除ルック」なるものが流行っている。

休日にショッピングモールに出掛けると、この「風呂掃除ルック」でバッチリ決めた父子の姿をよく見かける。

流行に疎い私だが、愚考するに、「風呂掃除ルック」のポイントは靴にあるらしく、皆、あれは「お風呂シューズ」というのだろうか、風呂を掃除するときに履くプラスチック製のカラフルな靴を履いている。_a051740

こうした一見奇抜なファッションが流行する背景には「父性の復権」が絡んでいるのではないかと私は勝手に睨んでいる。

つまり、こういうことだ。

男女平等が叫ばれるようになってから久しいが、父親は本来、家庭内における権威の象徴であった。家事は妻任せで、居間であぐらをかいて威風堂々としていればそれでよかった。

_a051723が、昨今では家事のできる父親が持てはやされる。料理のひとつもできない父親は子供から「無能オヤジ」と蔑まれ、炊事洗濯以外で父親でも完遂可能な家事といえば、もはや、風呂掃除くらいしか残っていない。

敗北感を胸に、風呂掃除を黙々とこなす父親。

そこへ、先の「カラフルお風呂掃除シューズ」が颯爽と登場した。

世のお父さん方はこれに飛びついた。無機質で味気ない旧来のお風呂シ ューズには見向きもしなかった子_a041708供たちも、こぞってこの新型お風呂シューズを欲しがった。

そして、お父さんは我が子にこれを買い与え、親子で仲むつまじく風呂掃除をするようになった。

風呂掃除を介して親子のコミュニケーションが復活し、子供たちは、どんな高い場所でも悠々と掃除する父親を尊敬の眼差しで見つめる。

お父さんはこうしたエピソードを会社の同僚に聞かせることだろう。同じような父性の悩みを抱えていた同僚たちも、その話に触発されてカラフルお風呂シューズを購入する……こうしたサイクルが繰り返され、現在の爆発的大ヒットに至ったと推測される。

この新型お風呂シューズの画期的な_a051713ところは街中でも履けるという点で、この特性がなければここまでの大ヒットには至らなかったと思う。おかげで風呂場という閉鎖的空間を超えて人目に触れる機会が増えたわけだ。

一見すると、ポロシャツ、ジーンズ姿にお風呂シューズという組み合わせはミスマッチに思えるが、お父さんにとっては父親の威厳を回復させてくれた奇跡の靴である。ファッション性は二の次というところなのだろう。

そんなふうに考えながら「風呂掃除ルック」姿の親子を眺めていると、なんだか微笑ましい気分になってくる。

以上のようなことを嫁に話したら、その洞察はまったくもって的外れだと嘲_a041659 笑された。

なんでも、あの新型お風呂掃除シューズは「クロックス」という一種のサンダル履きらしい。

そうだったのか。

危うくまた、人前で珍論を展開して恥をかくところだった。

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今日で歯医者、最後だといいけど

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