地獄谷のポニュ
結婚十年目を迎える恐妻家の田中さん(男性、39歳)が、イモ洗いのごとき通勤ラッシュ、禿・好色課長の理不尽な罵り、玄関前に人がいるから休みますとぬかすへっぽこ部下などに耐えながら、ストレスにまみれたいつもの一週間を過ごしたあと、わずかな心の安息を求めて独り出かけていった日本海は地獄谷で、やはりこれも、魚でありながら、魚として回遊を続ける生活に疲れ、苦悩し、そうした境遇に自らを追いやった魚社会を呪い、憎しみにわだかまった心を溶かすべ
く、禁断の地、地獄谷をふらりと訪れたカジキマグロのマグ子さん(女性、35歳)と運命的な、言ってみれば、会った瞬間に電流がびりりと五臓六腑を駆け巡るような邂逅を果たし、後ろめたさと罪悪の念を感じながらも、似たような業を背負い生きる互いに共感、同情し、湧きあがる欲望に抗うこともできず、許されざる一夜を過ごし、その結果、人間と魚の子としてこの世に生を受けた。
この子はポニュと名付けられた。地獄谷のポニュ。
こうした反倫理的な生い立ちを持つポニュは、まあ、当然のことながら、ぐれた。たばこ、酒、ドラッグ、恐喝、ひったくり、振り込め詐欺、おれおれ詐欺、ピンポンダッシュなど、ありとあらゆる悪に手を染め、七つの海のその悪名を轟かせた。
やがてポニュは、おのが心に固着する悪意の源泉は田中という名のふざけた浮気者のホモサピエンスにあると断じた。その想いはやがて人間という種全体への怒りへと発展し、マッドサイエンティストの手で自身に機械的改造を施してもらい、歩けるようになると、忌々しい地獄谷から陸へとあがった。
地球を食いつぶす人間どもに復讐するために。
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