の~べる猫

クマと炬燵

「クマがいるから見といて」

Img_0005 出がけに、妻はそう言った。鎮静剤で眠らせてあるけど、もうすぐ目を覚ます時間だから、と。炬燵でごろごろしていた私は妻に言われるがまま、ああ、わかった、と気のない返事をした。妻は出ていった。

炬燵から体を起してみた。狭いワンルーム(キューブタイプというのだろうか)だが、不思議と息苦しさは感じない。むしろ、どこまでも広がっていくような感覚を抱かせる形状だ。何の気なしにテーブルの向こうに眼をやると、黒い物体がうごめいていた。一段高くなった床の間に毛むくじゃらがImg_0006寝転んでいる。

あ、クマか。なるほど、鎮静剤が効いているらしい。かすかに息を洩らしながら、丸めた背中をこちらに向けて寝入っている。ふーん、クマって意外と小柄なんだな。全身がまっ黒な松の葉のような毛で覆われていた。それらが寝息に合わせてリズミカルに、ゆっくりと上下する。怖さはなかった。

Img_0008 と、クマがむくりと起き上った。鎮静剤が切れたのだろうか。それとも、端からそんなものは注射されていなかったのか。だとしたら、これは妻の陰謀だろうか? 

そうやって思いを巡らせていると、クマがくるりと振り向いた。少年時代に七夕の夜店で見かけた、ひょっとこの面に似た愛嬌のある顔をしていた。しかも、前歯が二本、ビーバーのように突き出ていた。

寝起きのせいだろうか、クマは私に気づいていない様子で、何のためらいもなく、慣れた所作で頭から炬燵の中にするすると入っていった。私は炬燵から足を出した。万が一、咬まれたりしたら大変だ。笑える顔をしていようがいまいが、腐ってもクマだ。私を暗殺するために送り込まれた刺客かもしれないのだ。

クマは炬燵の中をするすると這い進むと、反対側から(つまり、私がごろごImg_0007 ろしていた側から)にゅっと丸い顔を出した。

さすがに、クマは驚いたようだった。まさか、炬燵を出たら自分以外の動物がいるとは思わなかったのだろう。元来、クマは臆病な動物なのだ。丸い顔に光るつぶらな瞳はさらに丸くなり、突き出した前歯は小刻みに震えていた。

それにしても丸い顔だ。やはり、怖さはない。慣れてしまえば、クマも猫も変わらないのだろう。結局のところ、世界はひとつなのだ。

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不定期連載甲殻系ハードボイルド小説「弔鐘の鳴る丘で」①

「だからトニーのやつに言ってやったのさ。おまえ、そりゃ、フライパンじゃない、ソースパンだってな。そのときの03050004_2やつの顔といったら、鳩が豆鉄砲食らっても斯くやって表情でね。しまいにゃ、いや、ありゃ、ソースパンじゃない、スキレットだなんて言い出す始末さ。今どき、スキレットなんて使うやつがいるのかね、まったく」

03050001いったんマイケルの冗談が始まったら、日が暮れるどころか、夜の帳が降りて、丑三つ時を過ぎ、翌朝のお天道様が昇るまで帰れやしない。ほんと、底なしなんだ。それに、腹を抱えて笑っちまうくらい質が高いときてるから、バーで何気なく隣のスツールに座っちまったがために、やつのジョークの絨毯爆撃を鼻血が出るほど食らって昇天する哀れな子羊たちを何度も目にしてきた。なんでも、やつが言うには、その神の与えたもうし“軽口”で、二ダースばかりのギャングに囲まれるという窮地を脱したこともあるらしい。最後には連中のボス格と肩を組んで悠々と歩き去ったって話だ。いや、俺たちには“肩”は組めないな。“甲殻”を重ねて歩き去ったと言うべきか。

なにしろ俺たちはダンゴムシなんだ。

知ってるだろう? 庭に出て、しばらく放置しておいた植木鉢なんかをどかしてみると無数03050002 にひしめき合ってる姿を見かけることがあるアレさ。誰だって一度は、そんなふうにして俺たちと触れ合ったことがあるはずだ。

ダンゴムシなんて、と笑ってくれるな。先の植木鉢のエピソードが示すとおり、俺たちは隠れるのが抜群にうまい。それに体を丸めて銃弾から身を護ることもできる。だから、諜報員やシークレットサービスになる仲間も結構多い。その道では重宝される種族なんだな。

で、この俺は探偵をやってる。ダンゴ・ムシーノってんだ。冗談みたいな名前だろ。同感だ。が、名前を覚えられやすいってメリットもある。この稼業では大事なことさ。

続く……

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