にゅ~す猫

次はいよいよ、アニマルポリスか?

Img_3659江東区がこんなことを始めたようだ。

なんと、「飼い主のいない猫の去勢・不妊手術費の助成を行い、猫に対する適正な飼養を推進し、人と動物の調和の取れた共生社会の実現を目指すため、この事業に協力いただける普及員を募集します」とのこと。

これは驚いた。

行政が率先して、こうした募集をホームページ上で行うなんて、以前は考えられなかったことだ。

やっぱりそうなんだ。Img_3644

時代はゆっくりと、だが確実に、動物・自然との共生という方向に向かって動いている。というか、ようやく日本が世界水準に追いついてきたというべきか。

古い考えに拘泥している自治体、ペットショップ、企業の方々、今のうちに考えを改めておいたほうが、のちのち、恥をかかずに済みますよ~。

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やるじゃん江東区、ぽちっ

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続々・初島の野良猫問題に想う

Img_2873「初島の猫たち」の件に関して、静岡県が公式声明を発表したようで。

興味のある御仁は静岡県ホームページへのリンクから、「健康・福祉→衛生・薬事→生活衛生室→初島の猫について」と進んでください。いちおう「トップページのみ自由にリンク可能」と県のホームページで謳っているので、それに従っておきます。

で、感想。

これだけ県が必死に弁解しているということは、やはり、初島の猫たちの件Img_2878は現実なのでしょう。しかも、ホームページのこんな奥地に声明を載せるなんて、この件に興味のある人でなければ、まず見つけられないでしょうね。それだけ県は腰が引けているのか。

きっと、初島のリゾート開発に付随する利権や政治が絡んでいるのだろうなあ。島のイメージ悪化は観光事業の停滞につながるし、それは県にとっても痛手でしょうから。

Img_2899で、なるたけ穏便に済まそうとしているようですが、一昔前ならこの件はやがて闇に葬られていたでしょうね。ただ、インターネットがこれだけ普及した現代において、そういう策略は時代遅れです。むしろ、逆効果でしょう。情報、特に悪評はあっという間に広がります。ごまかしの効かない時代。誠実でない行政や会社はどんどん落ちぶれていくと思いますね。

県の言い分もわかりますよ。確かに、初島にはそういう風潮があったのかもしれません。が、エコロジーが商売にすらなる昨今、世界は確実に自然との共存、動物Img_2892との共生の方向へと向かっています。そうした趨勢に逆らっても取り残されるだけで。

だから、ヘンに意固地にならずに、その波に乗っかっちゃえばいい。県として、この問題に真摯に取り組んでいる姿をブログなどで発信していけば、逆に島のイメージアップに繋がると思うんですけど。

でもきっと、そういう柔軟な思考はできないんだろうなあ… うーむ。

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殺処分ゼロを目指す熊本市ってすごい

Img_2671胸の痛くなる話題が続いたので、ちょっと息抜き。

最近知ったのだが、熊本市ってすごいっすね。ここの動物愛護センターでは「殺処分ゼロ」という途轍もない目標を掲げて、その実現のため、職員が一丸となって取り組んでいるのだ

驚嘆すべきは、10年前と比べて、熊本市での犬の年間殺処分数が10分の1になっていること!!! まさに有言実行。素晴らしい。拍手喝采。Img_2681

で、彼らは実際には何をやったのかというと、「嫌われ役」にまわったのである。

つまり、愛護センターに犬・猫を持ち込む不埒な飼い主を叱り飛ばし、ときには殺処分の現場に立ち会わせるなどして、飼い主の意識改革を推進したのだ。

激しく共感。姑息的な対策では根本的な解決にはならない。何事も、最後には人の心の問題になってくるのだ。昨日のブログでも言ったが、心の持ちImg_2618ようなのだ。それが変われば、社会は変わるのだ。そうなのだ、そうなのだ、バカボンのパパなのだ。

動物愛護法では、飼い主が犬・猫を動物愛護センターに預けに来たら、行政としてはこれを断ってはならないとうたっている。

この法律が愚かな飼い主の増加を助長しているという向きもあるが、熊本市はこの法律を逆手にとったわけだから偉い。

つまり、飼い主が犬・猫を捨てるため、愛護センターにやってきたときこそチャンスだと見たわけである。そして嫌われ役に徹し、批判も甘んじて受けながら、何年も地道な説得を続けてきた努力が数字となって表れた。

偉い。頭が下がります。Img_2615_2

やっぱ、やればできるんだなあ。熊本市が成功したのは、一にも二にも「絶対にやってやるんだ」という意志の強さだと思う。いいね、意志の強さ。好きです、こういうの。

熊本市のホームページではなんと、犬・猫の里親探しも行っている。

たいていの人にとってはどうでもいいことなのかもしれないが、毎年何十万頭も犬猫が殺処分される社会より、殺処分されない社会のほうがベターに決まっている。

長野県の動物愛護センター、「ハローアニマル」も進んでいる。ここでは地域猫活動に注力していて、特に松本市では「信州コムキャット」運動と称して4年間で野良猫の数を6分の1に減らしたそうだ。野良猫に餌をあげても、咎められることなどまったくない。むしろ市民の鑑である。

やっぱりこっちも、官と民が一丸となって取り組んだ結果だ。初島との差はなんなんだ。

希望がちょっぴり湧いてきました。

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初島の野良猫問題に想う

Img_2679

初島の猫たちが飢えに苦しんでいる。

なぜか。

島民が野良猫への餌やりを禁止したから。

なぜか。

島民が鼠対策の切り札として島に持ち込んだ猫が増えすぎたから。

心が腐っていると思う。Img_2675

なぜに共存できぬ。彼らは孫の代まで猫たちに呪われよう。

共存は理想論ではない。現に、野良猫たちを受け入れて活況を呈している「猫の街」や「猫の島」は各地に存在する。

要は心の持ちようなのだ。

ニンゲンとは妙なもので、いったん好きになってしまうと、その人の短所が見えなくなる、愛おしくなる。ひとつの短所を受け入れることで、多くの 長所が見えてくる。

Img_2614私は猫バカ歴二年の若輩者だが、嫁が茶色い毛毬みたいな子猫を拾ってきたときは激しく取り乱した。もう別れよう、とすら思った。当時はペット不可のアパート暮らしだったし。結局、里親さんが見つかるまでという条件で、一時的に保護することにした。

いつになったら里親さんは見つかるのか。鳴き声を聞きつけた隣人が大家にちくるのではないか。そうなったら我らはアパートを追い出され、路上生活を強いられるのか……

そんなふうに煩悶しながら病に衰弱した子猫を看病するうち、吹っ切れた。

じゃあもう飼っちゃえと。

その後の展開は早く、二ヶ月後にはペット可のマンションに引っ越していた。子猫のことを「受け入れた」結果、くだらない悩みがいっきに解消した。

気がつけば猫に囲まれていたが、今の暮らしのほうが楽しい。Img_2631

私の財力と時間では白熊やユキヒョウ、アフリカの難民たちは救えないが、猫たちなら救える。

動物愛護に励んでいる気持ちなど毛頭ない。というか、「動物愛護」という言葉自体、薄っぺらな印象で好感が持てないし、お互いの立場を押しつけ合うだけの不毛な議論にも興味はない。

目の前に救える命がある。なら、できるだけ救ってやろう。ただそれだけだ。

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まずは観ることから始まる

Img_2546ニンゲンの暮らしは矛盾に満ちている。

がゆえに、どんな問題であれ、そもそも矛盾を孕んだニンゲンが惹起するものだから、切り取る面によって善にも悪にも見えるのであり、それらはしょせん、矛盾という大樹に生える枝葉でしかない。

だからといって、虚無的になる必要はない。ニンゲンはまずもって表の現実を生きねばならぬ。普段からそうした矛盾ばかりを意識していたら疲れてしまうし、だいいち生きていてつまらない。

ただ、時折、そうした矛盾、裏の現実をのぞいてみても損はない。

先日鑑賞したドキュメンタリー映画、『犬と猫と人間と』も、そんな社会の孕む矛盾を淡々と見せてくれる作品だった。

以下、映画情報。

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自主制作映画『犬と猫と人間と』
映像制作グループ ローポジションBlog

現時点で予定されている上映会は次のとおり。

■2009年2月22日(日) 完成記念上映会
 午前の部:開場:10:00 上映:10:30~
 午後の部:開場:13:30 上映:14:00~
 場所:女性と仕事の未来館ホール
 JR田町駅三田口(西口)から徒歩3分
 地下鉄(都営浅草線、都営三田線)三田駅A1出口から徒歩1分
 入場料:1300円(高校生以下:1000円)

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影は、光の射すところにできる。Img_2102_2

華々しいペットブームの陰には、人目に触れぬよう巧妙に隠された闇が広がっている。動物好きですら目をつぶってしまいがちな闇が。

そうした闇に触れて楽しいことなどひとつもないが、確実に変わってくるのは言葉の持つ重みだろう。

唱えるのが異であれ同であれ、その目で現実を見た人の言葉は響きがちがってくる。

まずは観ることから始まる。そういうドキュメンタリーだ。

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加藤一二三元名人の猫騒動に想う、追記

Img_2109この話題は前回で打ち切りのつもりだったが、追記。

なんでも、野良猫たちは一時、20匹以上いたが、加藤氏が去勢・避妊手術、里親探しを行った結果、現在では4、5匹に減っているらしい。

刮目すべきは、この情報が訴訟した側の老人の口から発信されているという点であり、したがって信憑性は高い。

つまり野良猫問題は解決、少なくとも改善されつつあった。となると、彼らがImg_2116_2 なぜその流れに水を差し、今になって加藤氏を訴えたのかますます解せない。4、5匹であれば、それこそ全員の協力によって裁判に持ち込まずとも解決へと導けたはずである。

最初に餌をやった元名人が最後まで責任をとるべきだ。そういう意見もある。が、氏はすでに「野良猫を餌づけした」点については非を認め、大人の態度を見せているのであって、それでもなお、いや、それでもお前が餌づけしたせいで猫が増えたんだからワシらは無関係じゃ、お前がぜんぶやれ、てめぇのケツはてめぇで拭け、と突き放すのはガキの喧嘩と変わらず、当の問題はいつまでもそこに燻りつづける。

Img_2173文句を垂れるだけで解決策を講じないのであれば、議論は平行線をたどるのみ。議論とはそもそも、互いの脳漿を絞り合って最良の答えを見つけるためにあるのだが。

反論は議論に欠かせないが、反論したのち、自分なりの解決策を提示しないかぎり、その議論は建設的にはなりえず不毛に終わる。会議などで、部下の提案に難癖をつけるだけつけて、いざ自分に振られるとだんまりを決め込む卑怯な上司と変わらない。

こういう上司は難癖をつけることで満足し、得意がる。結果的に問題の解決が遅れるわけで、それは本人にとっても由々しき事態であるはずなのだが、なぜかそうした矛盾には目をつぶって文句を垂れつづける傾向にある。

この件でも、双方の目標は「野良猫がいなくなること」という点において共通しているはずなのだが……。Img_2180

無責任な飼い主に捨てられ殺処分される犬・猫は毎年数万頭にのぼる。地域猫活動や野良猫の避妊・去勢活動も、根源的にはそうした不幸な動物たちを少しでも減らすための苦肉の策であり、もっと倫理的にも人道的にもすばらしい解決法があるなら、それに越したことはない。

少なくとも、加藤氏は自身の非を認め、問題解決に向けて身銭を切って活動していたようである。

子供のころ、野良猫はそこらじゅうに景色の一部として存在していた。もちろん騒ぎになることもあったが、それが地域を飛び出した騒ぎに発展することはなかった。ましてや訴訟など。

なんともやりきれない。(了)

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加藤一二三元名人の猫騒動に想う、続報

Img_1906加藤一二三元名人が野良猫への餌やりで訴えられた件で、進展があった。

先の18日、東京地裁八王子支部で第1回口頭弁論が行われ、加藤一二三元名人は答弁書のみを提出して欠席したそうだ。

そのなかで加藤氏は「野良猫に餌をあげていることは認めるが、動物愛護の精神のもと無制限、無秩序に猫が増えることを防止している。なんら違法性はない」と主張。

これに対し原告側は「受けた精神的苦痛は計り知れない。和解もありうるImg_1909 が、慰謝料なしという案はのめない。猫が敷地に入らないよう柵などを設置する費用もかかっている」と反論。

ということらしい。

前回も述べたが、はっきりいって私はこの裁判の勝敗に興味はない。

そんなことをする暇と金とエネルギーがあるなら、とにかくまず、今そこにいる野良猫たちをなんとかしてやりなさいよ、あんたら。それからニンゲンたちで好き勝手に喧嘩してください、飽きるまで。と考えている。

Img_2005ただ、上述の口頭弁論の双方の言い分から、いくつか浮き彫りになってくることがある。

とりわけ違和感を感じるのは、原告側の「和解もありうるが、慰謝料なしという案はのめない」という主張。

これは翻訳すれば「金さえ払ってくれるなら、まあ、手を打ちましょうか」と宣しているに等しく、顧客たる原告団にこうした幼い発言を許してしまう担当弁護士ってどうなんでしょう。

思うに、彼らはかなり感情的になっている。そして、暴走しがちな彼らを弁護士が制御しきれないでいるのだ。

でなければ第一回目から「金をよこせ、金を」なんて身も蓋もない主張Img_2059に及ぶとはとうてい思えない。裁判が一種のアピールの場である以上、もっと被害者らしく振る舞って然るべきである。世間の同情を買うためにも。

だが彼らはそうした「法廷劇」の部分をすっ飛ばしてダイレクトに「金をよこせ」と訴えている。しかも、猫たちの今後についてはいっさい触れていないところがとても悲しい。

おそらく加藤氏はあきらめの心境にあるのだ。もはや言いたいことは言い尽くしたと感じており、それを改めて法廷で訴えるのはしょせん、これまで庭先で彼らと行ってきた議論の再現にすぎなImg_1872い。だったら、もう、私の言い分はこの答弁書にすべて書いてありますから、あとはもうそちらで煮るなり焼くなりしてください、と。

加藤氏はたぶん負ける。そして満額はありえないが、避妊手術や里親探しを行っていた事情が斟酌され、いくらかの慰謝料を払わされることになる。

が、元名人たる加藤氏は、勝負師の勘でもってその展開を読み切り、裁判をさっさと終わらせて猫たちを助けるほうに集中しようと腹を決めたのではなかろうか。

まあ、わかんないですけどね。なにしろ加藤一二三ですから。

とにかく、今そこにいる猫たちをなんとかしてください。

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加藤一二三元名人の猫騒動に想う

Img_1905将棋の元名人が野良猫への餌やりで訴えられたそうで。

こういう話になるといつも思うのだが、

そりゃ、糞尿なども大変なのかもしれませぬが、まず、猫が増えているという現状をなんとかしましょうよ。みなさん訴えるほどのエネルギーがおありなら。

そののち、好きなだけ裁判でもなんでもやって、あっちが悪いとかこっちが悪いとか責任を追及すればいいじゃないですか。

責任、責任といくら喚き散らしたところで、開いてしまったオゾンホールは埋Img_1869 まらないし、切られてしまった森の木は生えてこないし、過ぎてしまった時間は戻らないし、増えてしまった猫は減りませんので。

10匹か。

たしかに、我が家でもやっているが、里親さん探しは根気がいる。

それでもだ。

自分の家がダメなら会社の同僚に聞いてみるとか、友人をあたってみるとか、友人の友人に声をかけてみるとか、友人の友人の友人に頼んでみるとか、今ではインターネットなんて便利なツールもあるわけだし、加藤氏と原告9世帯が本気になって協力すれば、まあ、世知辛い世の中ではあるが、半年くらいで里親さんが見つかるのImg_1939ではないか。これだけ話題にもなってるし。「書面にて餌やりの中止を求め」てきたそうだが、それではまったく解決になっていない。

もっとも安価で穏便な解決法は、あんたには負けましたよ、一二三さん、よし、みんなでその猫たちの世話をしていきましょう、と発想を転換することであるが、たいていの人は余計な責任を負いたくないのでなかなか難しいだろう。

みなさん、いつになるとも知れない司法の判決が下るまで、じっと耐えておられるわけですか? で、慰謝料を受け取ったら精神的苦痛が和らぎ、すべて笑って水に流せると?

はっきりいって弁護士が儲かって猫が飢えるだけである。Img_1887

双方に言い分があるんだろうし、なにせあの豪傑、加藤一二三が絡んでいるわけだし、詳しい事情もわからないので、私は突っ込んだ話はしない。

そういうことは、それこそ裁判ではっきりさせたらいい。

猫たちの新しい家が見つかったあとで、好きなだけ、飽きるほどはっきりさせたらいい。

虚しい、虚しい、嗚呼、虚しい。 

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